かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

仏教、本当の教え

2012年03月01日 | Books
株は、毎日乱高下。日経平均って本当に平均なのか?ファンド系が、テクニカルに動いているのかな?関係ないけど。



本書は、書店で見つけた。面白そうだったのでGETしたが、面白かった。

著者の植木さんは、元々物理専攻だが、仏理専攻?に転向された変わり種。

本書の面白さは、仏教の原典に自ら触れ、過去の末メの末ェ析し、本来の仏教の教えは、何だったのかを探る、推理小説的なところだろう。それも、サンスクリット語、パーリ後、中国語にとどまらず、英語、ギリシャ語、ドイツ語など、縦横無尽だ。

ちょっと羅列的になるかもしれないが、印象に残ったところをちょっと。

そもそもインドのことを天竺というがなぜ?インドは、元々自らをシンドゥと呼んでいて、これがギリシャ人では、インダスになり、アジアでは、ティンドゥになり、それが天竺となった。つまり、印度と、天竺の元は、同じシンドゥから来ているんだそうな。
確かに、ミャンマーとビルマとか、ラングーンとヤンゴンは同じ言葉だから、その程度の違いは、発生するのだろう。

北枕というと、亡くなった方の頭を向ける方向ということになるが、これは、ブッダの涅槃の時の向きである。ところが、印度では、元々寝るときは、頭を北に向け寝るのがふつうであるという。北に理想の国があるとされているのだそうで、ブッダもその風習から、北枕にしたのではという。特別なことをなさったわけでないのだ。

この辺の話は、本書のつかみの部分。中身は、もっとおいしい話がてんこ盛り。
護摩をたくというのは、ホーマという儀式から来ているが、このホーマという儀式は、バラモン教の生贄を捧げる儀式でもあり、何とブッダは、否定していたという。ところが、仏教が、後に、ヒンドゥ教の影響で、密教化し、いつのまにか護摩を焚く儀式が、仏教の中心的なものであるかのようになってしまったという。おやおやという感じだが。

中国語への末ヘ、鳩摩羅什や、玄奘によるものが、有名だが、意訳と音写がある。どういう時に音写を使うかは、玄奘が自ら理由を説明しているという。①「秘密の故に」つまり呪文みたいな部分のこと②「多義を含むが故に」意味がたくさんあって、意訳では十分に意味が表せない③「ここに無きが故に」中国に存在しないものを意訳しようがない④「古えに順ずるが故に」伝統的に、音写されている場合⑤「善を生ずるが故に」智慧よりも般若と訳した方が有難味が増すという訳。なるほど。

本書を読んでさらになるほどと思ったところは、中国では漢訳後、漢訳された仏教を皆学んだ。つまり、信者には意味がわかった。ところが、日本では、日本語訳はされず、漢字のまま入ってきて、そのまま経として読まれたため、本当に経の意味がわかっている人は、漢文が読める者に限られた。随分、感じが違うのだ。これが、それぞれの国での仏教に対する考え方に影響を及ぼしたことは、想像に難くない。
中国では、漢訳後、元のサンスクリット語の経典は、忘れ去られたが、日本では大事なものとして保管され、法隆寺にあるサンスクリット語の経文は、世界最古と考えられているという。

日本の言葉にも無数の仏教用語があるが、面白かったのは、”道楽”。仏教では、”どうぎょう”と読み、道(覚り)を求めようとする願いという意味であったり、”どうらく”と読んで、仏法の覚りの楽しみという意味なのだそうだ。でも、実際の使われ方は、ご存じのとおり。中村元先生は、この状況を嘆かれていたという。

一方恣意的に読み替えられたケースもある。道元は、「有事(うじ)」という言葉を、本来は、”ある時”というふつうの意味なのだが、”時すでにこれ有なり。有は、みな時なり”と意義付けしたという。これなど、完全な創作では?

日本語に入り込んだサンスクリット語のケースとしては、瘡蓋(かさぶた)の“カサ”や、”あばた”や、花代の”ハナ”などがあり、知らない内に完全に日本語化している言葉がごろごろしている。

言葉のことが中心になってしまったが、言葉と同じように、仏教そのものが、アジア全体に広まるにつれ、収拾がつかないほどに、変遷していった様子が、ごく一部かもしれないが、具体的に示され、ひじょうに興味深かった。

それにしても、植木さんの、この探究心には、脱帽するしかない。
コメント
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