この間、阿部絢子さんの著作を読んで面白かったので
2冊目を読んでみた。
「老親の家を片付ける ついでにわが家も片付ける」
阿部さんのご実家は新潟県、89才のお母さまが倒れて
慌てて東京から駆け付けたとき
実家がモノに溢れて大騒動になっていた。というできごとを
様々な考察で綴っておられる。
何故か、強烈に惹きつけられた本。
というのも、親のことでなく、自分のことで。
私の母は 几帳面で整理好きなので
早くから家の中を 隅々まで断捨離しているので
心配に及ばない。
阿部さんのように 東京と新潟に離れていて
実家が こんなにも雑多なモノであふれていたら
そりゃあ 大変だったろう。
何故 こんなことになってしまったかを
阿部さんは いろいろ考えて書いておられる。
そのすべてが 「なるほど~!!」と
膝打ちしたくなるような理論なのだ。
子育てで忙しかったころの「モノ」は
夫婦二人の生活になると 不要。
その年代で必要なモノと不要なモノが分かれるのだが
日々の雑事に追われていると
不要なモノを見極めて捨てる処分するという行為が
できない。時間もない。
いつか落ち着いたら片付けよう・・と思っても
その「いつか」は永久に来ない。
どんどん年齢を重ねると 今以上に億劫になり
体力も衰えて、ますます後回しになってしまう。
読み進めて、怖ろしくなってきた
とても示唆に富んだ一文があるので ご紹介。
片付けとは モノを片付けるということだけでなく、
今までの人生の「棚卸し」をし、
これからの人生の「仕込み」をすることである。
片付けは、残りの人生を大切に、悔いなく過ごすために
必要な手立てなのだ。