京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

心よき笑い

2024年12月05日 | 日々の暮らしの中で
まっすぐ進んで右に曲がると、赤い山茶花が咲く高い塀のような植え込みがある。
その小道を通り抜けて左へ曲がって道路を渡れば、田圃が広がる間の道をまっすぐまっすぐ。
山すその墓地への道。


少しばかり斜面を登って、線香をくゆらせ父や母にも手を合わせた。


柿の木の葉が庭に散って、風に吹かれてあちらこちらに飛ばされている。鳥があちこち歩きまわるのに似ているから、「かきどり」と言ったらどうだろうか   ーと明恵上人は冗談を言われた(『あかあかや明恵』)。
かきどりは「柿鳥」のこと。

路上の街路樹の落ち葉が風にあおられて一斉に同じ方向に吹き飛ばされるや、軽やかに跳ね上がり転がりながら四方に散ってゆくのは、「葉鳥」と呼んでしまおうか。

信号待ちをしていると、横断歩道の真ん中あたりで高齢女性が転んだのが目に入った。
起き上がれない。少しの間があって後ろから駆け寄った女性が手を貸すが無理で、前方からもう一人、さらにもう一人、女性が三人がかりで抱き起して渡り終えた。
一人、二人、三人の仏を見た。人間ってすばらしいものだと心をぬくめた。
停止線から2台目の車の中から何もせずに見ていた私だけど…。


そのまま大津の友人のお宅に伺って二時間あまり楽しくお喋りをしてきた。
かつて共に学んだ文章仲間で、最近入手したという吉川宏志の『読みと他者』や青木桐花の句集『あるがまま』を得意そうに見せてくれた。
疎くて知らずにいたが、吉川氏が書かれたものを地元紙で拝見することはある。
彼女の前では言いにくいが、道浦母都子さんの『挽歌の華』を気に入っていて、しばしば開くことを話した。

興味関心の分野が異なるものを持つ友との交流に目が覚める思いは有難い。
心よき笑いに、ここのところの気持ちの疲れが晴れた気がする。  
コメント (2)
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