京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

夢とうつつの境に

2025年02月24日 | 日々の暮らしの中で
来年飾れるかな、という思いだけが雛段を飾る力となり得ている。
せめて一年に一度、この世の空気に触れさせたいと思うのだ。


          箱を出て初雛のまゝ照りたまふ       渡辺水巴

昨年、ハルノ宵子さんの「3.16のお雛様」と題した短いエッセイ(2015年3月9日付け)の切り抜きを偶然にも見つけ、読むことがあった。
宵子さんの父・吉本隆明氏は、この3年前の2012年に87歳で亡くなられている。

吉本家では3月いっぱいはお雛さまを飾っていたそうで、隆明氏が入院中も例年通り、氏が寝所としていた和室の客間に飾ったという。
隆明氏が旅立ったのは3月16日だった。
病院から連れ帰り、まだお雛様が飾ってある客間に布団を敷いて寝かせたそうだ。
葬儀社の人からは片づけを促されたが断って、「赤のお雛さまと白いお花に囲まれ、実に愛でたいお通夜となった」と書いてあった。
それを今年も思い出している。


もともと夢とうつつの境界が曖昧なところがあった、と父親を語っている。
12分の11カ月ほどを暗闇に閉ざされて過ごすお雛様には「現世こそが夢」。
隆明氏の帰りを待っていたお雛様は「いいんじゃないの。私たちはどちら側にいたって夢の中なんだから」と、微笑んでいたらしい。
人が奇異に感じても、そうした日常だった中で最期の時を過ごすのも案外いいのかもしれない。

宵子さんは書いている(『隆明だもの』)。
「お寺には悪いが、どんなに催促されても、四十九日以降、一周忌の法要すらしていない」
「気の済むようにやってくれや」という父の声に従っているのであって、「父への最高の供養だと思っている」と。



娘が家を離れてからは、さすがに3月いっぱいは憚ったが、3日を過ぎてもさらに4日5日と飾ったままなのが例年のことになっていった。吉本家に倣って「思う存分〈現世〉にいていただこう」。
今や我が家の住人二人だって、〈夢とうつつの境界〉をさすらっているも同然かもよ。


午後も3時近くなると雪雲はすっかり遠のき、春の明るさで日差しが差し込んできた。


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1 コメント

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春はそこまで (frozenrose)
2025-02-25 01:40:34
ひな人形は立春に出し、桃の節句に片付けるのが決まりのようですが、宮島では4月3日がひな祭りとのこと。その頃になると暖かくなって春の節句の感じがするのかなと思います。
行事も、する人の都合がいいように変えていくのは、最近では全然かまわないようですね。

私は3月末まで忙しいので4月に出せたら出すつもりです。たぶん出さないかな。孫が喜んでいたころは張り切っていましたが。

素敵なお雛様ですね。春が待たれますね。
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