京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

私の人生を変えた

2023年06月12日 | こんな本も読んでみた
芥川賞受賞作品はほとんど読まないが、『乙女の密告』(赤染晶子)と『苦役列車』(西村賢太)を単行本で読んだ記憶ははっきりしている。
いつのことだったか。調べてみると『乙女の…』が2010年の上期、『苦役…』は下期の受賞だった。しかもそろって二人ともが既に亡くなった。
昨年の2月、西村氏の訃報記事を目にしてドキッとしたものだ。
『苦役列車』の内容はさておき、「この文体好きだ」と思ったのを覚えている。


「昭和58年3月に中学校を卒業したあと、その月末には親元を離れ、鶯谷のラブホテル街の中にあった木造アパートで一人暮らしを始めた」
「中学の馬鹿のくせして、読書が何よりもの娯楽となっていた」
ろくに働かなかったという。
それでも昭和62年、欲しかった田中英光の『我が西遊記』1万5千円の古書を、日雇いの港湾人足仕事を二時間ほど残業した一日分の賃金で購入している。再読なのに面白くてたまらない。「バイトを終え、外で酒を飲み飯を食べ、三畳間の部屋に戻ってくると、すぐに寝っ転がってこの書を取り上げる」

西村賢太が藤澤淸造を師と仰ぎ、没後弟子を任じていたことは、なにかで読み知っていた。
29歳の頃、「無理な借金をして売価35万円の書(抄録などでなく原本『根津権現裏』)をすがる思いで手に入れた」。
「この書は、間違いなく私の人生を変えた」「これを読んでいなかったら、それが幸であったか不幸であったかは別として、私小説というものを書いていなかったに違いない…」と書いている。


自身の敬する物故私小説家を引っ張り出して、極めて個人的な偏愛書録だが、順次筆にのせてみよう。拙文、見向きもされぬ駄文、マイナーな名が連なる、人様へのオススメの意味合いも含まない。そうした意味を題名『誰もいない文学館』にこめたのだそうだ。
「文豪ばかりが作家ではない」という。

氏の「人生の惨めな敗北」、読書遍歴、書物へのこだわり、思い入れなどを知るにつれて、亡くなられたことを惜しみつつ、なんとない悲しささえ味わってしまった。氏の横顔をじっと見つめる。

食べるために売った本、トレードに出した本、どんなに窮しても手放すわけにはいかないと思った本の類。氏の蔵書はどうなっているのかしら。余計なお世話だけれど、興味が…。

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