多くのブロガーさんたちは、どうしてブログを書いているのだろう。
なかには、公開している記事と、仲良しさんだけに公開して、一般には非公開にしている記事なんかを、混ぜたブログもある。
お友だちとのメールやりとりの、半公開バージョンみたいなもの。
わたしは、身内で固めた、仲良しお友達ブログを読んでも興味をそそられない。
どーでもいいのだ。
はじめの頃は、
「わあ、ステキ」、「このブログ、写真、キレイ、うっとり」、「こんな暮らし、ライフスタイル、憧れるわ~」
なんていうかんじで、読んでいたし、自分のブログも、人の目を意識し、
いかに、よく見せるか、読んでいただくか、みたいな、よそゆきブログ的要素があった。
といっても、第一回目の記事からして、
「あんた、自分の幸せは、自分で探してよ、ね」みたいな、こ憎たらしい内容だったが。
ひねくれバージョンと、実生活バージョン、混ぜ混ぜ、だった。
ブログの内容や、テイストを変える度に、新しいブログに作り変え、それまでのブログを閉じたり、
わたしみたいに、閉じずに、つまらんブログ(旅&小説)をひとつふたつ増やしたり、ひとそれぞれ、パターンはあるようだ。
実生活バージョンも、ステキな室内に飾った花とか、美味しそうな手作りケーキとかは、
写真を撮るときだけ、映っては困る、生活のごちゃごちゃをその瞬間だけ、横っちょにどけて、
写真に入らないように排除して、撮ったりする。(みなさんは、どうか知りませんが)
なので、写真映りが、良いだけだったりも、する。
周囲のごちゃごちゃは、隠したとしても、花やケーキ、そのものは真実、リアルである。
実生活は、ほんの一面、なのだ。しかも、演出あり。
CM撮影や、雑誌、広告の撮影に近いのかも知れない。
内面にしても、然り。
リアルだが、リアルではない。
心象風景みたいなものか。
という、あれこれ、まとまりのないものを、単なる趣味として、ブログにアップしている。
たまに、コメントを頂戴したり、他のブロガーさんと交流したり、は、グリコのおまけ。
主としては、自分のために、ブログを書いている。
自分のこころの解放のため。
というか、楽しいし、ふうふういいながら、脂汗かきながら、書いている時は、熱くなり、
書いたあとで、じわーっと充実してくるから不思議。
それを人さまに読んでいただける、なんて、これまた、一石二鳥、または、三鳥。
自分をどう見るか、あるいは、人に自分をどう見せたいか、または、人にどう見えるか。
そのどれも、かも知れない。
わたしの場合、人にどう見せたいか、は、もう卒業の感があり、
そして、人にどう見えるか、は、あまり重要ではない。
自分が自分をどう見て、自分をどう見たいか、あくまでの主体は自分が中心であり、他人は、二の次だ。
他のブロガーさんは、書くことで発散している人や、
人と交流したい、意見を交わしたい、同調、賛同、共鳴してもらいたい、
慰めてもらいたい、評価を受けたい、
などなど、いろいろあるんじゃないだろうか。
というわけで、わたしは、もやもやしている時は、
「自分は、今日は、もやもやしている」、というネタに恵まれるわけで、
今日は、なにを書こうかな、という、ネタを探さなくてもよくて、いいかも。
ただし、そんなときは、そのネタを書かないかも知れないが。
ネタは、いつも、気分次第、風まかせ。
なんでもあり、の、自分に解放された公のスペース。
自分専用の、ちっちゃい広場だ。
わたしは、基本的には、あまり、わいわいするタイプではなく、ひとりが好きなのだか、
ひとりでくつろいでいると、たまに、他の人が、ひょこんと入ってきても、「ま、どーぞ、お茶でも」、と、
そういう展開も、悪くない。