男っていう動物は、ほんとうに、しょーがない。
浮気性である。
それが、また、アタマ隠して尻隠さず、本人は隠しているつもりでも、バレバレ。
ばか正直にも、ほどがある。
こころや、本性が、話していること、説明していることと乖離している。
それはそれで、人間として人間らしいところなのだが、乖離していることが、バレバレなところが、救いようがない。
男性の、その本質を含めて、愛してやまない。。。。と、言い切りたいところだが。
決して、愛してやまない・・・ことはなく、あきれて、がっかりして、失望して、なあんだ、あんたもか・・・
と、特別視していた唯一無二な場所から、いきなり、ごろんごろんと坂道を下りおちて、
そこらへんの、光なんぞ、全然放たない、ふつーの人になる。
こけ落ちた後、ゆっくり起き上がって、服をぱんぱんと叩いて、かぶったホコリをはたいて、哀愁を帯びた笑みを見せても、だ。
そういうことが、何度も重なると、男は、だれもかれも、例外なく、そんなものだ、という、定説として、
脳の回路に焼き付けられる。
浮気性ではない男性がいるとしたら、それは、苦労人だ。
いままで、それで、幾度となく女性から去られて、学んだ人だ。
浮気性であるという本性を、絶対に相手の女性に気づかれないよう、
念には念を入れ、ボロは出さない、ヘマはしない、万全の手を尽くす。
そうやって総力をあげても、本命女性にバレてしまった場合は、本命女性がどんな人かによって、その後の展開は、それぞれだろう。
各人、勝手にやってください。
それから・・・
ちょっと話は、変わるが・・・
不特定多数に向けて、赤裸々に、自分の性のことを語る方々。
それは、個人の自由であり、発信する人、群がる人、お互いが目的が一致し、楽しみを共有している。
外野がなにをいう権利も、意味も、なにもない。
かくいうわたしも、そうとう年配の男性の「女性研究ブログ」を読んでいた。
はじめは、ぞぞぞっと毛嫌いしていたが、徐々に、女性科学研究室の色合いを帯びて、
女性ではわからない、女性のことを一点のみに特化し、それを掘り下げ熱心に追究している事柄に対して、
受講生になった気分で、レクチャー感覚で読んでいた。
徐々に、日々、読んでいくに従って、そのブロガー男性は、気の毒な環境に置かれていたということがわかった。
やはり・・・わたしは、納得した。
そうでなきゃあ、あんなふうにはならない、と。
今は、環境も変わり、そのブログは、すっかり模様替えをされて、女性のジョの字もない、別ジャンルで更新されている。
ちなみに・・・
またまた、少々脱線・・・
個人的嗜好は、ひとそれぞれであり、露出狂趣味の人は、のぞき見趣味の人とセットだと、とても合理的でよろしい。
変態は、変態で集まると、これまた、とてもよろしい。
ノーマルな人が紛れ込むのは、お互いのために、よろしくない。
パチンコ屋に入って、「ギャンブルは良くないですよ」と、客ひとりひとりに説教して歩く人なんぞ、いない。
風俗店で、コトの事後に、「君なあ、いつまでもこんなこと、してたらダメだよ」という客は、うっとうしい。
コトを行わず、最初から最後まで、神父さんみたいに、真理を導こうとする人は、もっと、うっとうしい。
若い頃は、自分のエネルギーをもてあまし、エネルギーの出し方、表現のし方、伸ばし方、活かし方が、わからない。
よほど、よい先生や、導いていくれる人、友人に恵まれない限り。
「ぼくが、サルだった若い頃、・・・」そういう表現を使う人がいて、お、ステキかも、と思って
(休日であるヒマにまかせて)初めてそのブログを読んでみた。(品はないが、ひょっとして、それはポーズで・・・と)
が、今も、単なる老化したサルであることがわかり、がっかりした。
わたしは、メガネをかけた、教育課の回し者ではない。
歓楽街をパトロールする、夜回り先生ではない。
徘徊している、ちょっと、おばかな人々に、お節介なことを言いまわるほど、暇ではない。
「早く帰りなさいよ。こんな遅い時間には、汚い大人たちが、うようよしているから、危ないよ」
「そんなことで、自分探しをしていても、取りかえしがつかなくなる危険もあるんだよ」
「オトナになったとき、過去に苦しむとき、自分では消せても、不特定多数の人々の記憶に、足跡として残るんだよ」
そんなことをしてあげるほど、わたしは善人ではないし、余裕もない。お節介でもない。
自分のことで、いっぱいいっぱいな、ずる賢い小市民だ。
ストーブの火は、熱いということを、自分の身をもって、体験していただくしかない。
この熱さがたまらなくいい、たまらんわい、と、はまって、火傷で死んでも、本望なら、それはそれでいい。
親にナイショ、そりゃそうだ。
親が知ったら、タダじゃすまない。
親は、人生の先輩だし、愛する子供の親なんだから、子供には愛情をもって、オススメの道に導きたい。
それをわざと無理やり降りて、逸れて、自分で見つけようとする。
それも、よくわかる。
お仕着せは、いや。ほっといてよ。自分には自分の道がある。
それを見つけるための、いまは、模索、もがき途中。
熱いっ、痛いっ、・・・でも、自分で見つけることに価値があるのよっっ。
もがき方に、問題がある。
なんで、よりによって、最悪のもがき方をする?
努力の方向性が、まったく正反対。
寂しいときは、男が寄ってくる。
男は、そういう女を狙っている。スキあらば。
そんな、多くの不特定多数の男性に、・・・・はあ・・とため息が出る。
男が寄ってくる、意味、考えたことあるのかなあ・・・
まあ、いいです。
人には人の道、それぞれ、同好会でわいわい内々で、楽しんでいただくといいのかと。
男たちに、ちゃっかり、いいとこ取りをされて、逃げられても、それに気づかないし、自覚がないなら、それはそれでいいかと。
人さまの、合コンに口を出すバカは、いない。
パーティが終わったあとの、虚しさは、終わらなければ、わからない。
女性が、うんと年上の男性をターゲットにするのは、それなりの理由がある。
自分と見合う、適正な年頃の男性は、適正な年頃の女性(ライバル)に、奪われている。
じゃ、うんと年上。
お金もってるし、若いと、ちやほやしてくれるし。
なので、うんと年上の男性に、自分を売ってくる女性は、ワケアリ。
それも、需要と供給なので、外野がとやかく言う筋合いのものではないし、
本人同士が、いちばん、それをよくわかっていることだ。
・・・・・
なんでも、終わりがある。
「終わりの、始まり」という予兆もあるだろう。
なにもしないうちから、終わっている「始まりの、終わり」よりは、ましか。
「終わりの、始まり」の足音が聞こえないように、事前に手を打ち、努力する。
すこしでも、終わりを始めさせないために。
充分、生きた。もう、充分。
そう思える頃に、終わりが始まるのが、いい。
だが、人生は、そう甘くない。