蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

キンキン金属片のおんな

2012-11-22 | 人々の風景

わたしは、年ばかり重ねている割には、人生経験が、少ない。
たとえ、いろんなものを見て、体験しても、所詮シュミレーションにすぎない。

それは、わたしの弱点でもあり、長所でもある。

基本スタンスは、小市民である、ということ。
犯罪も犯さないし、人も陥れない。偉業も成せないし、ダイナミックなこともできない。
海外に行っても、期間限定範囲内であり、向こうでは暮らせない。
海外に関しては、言葉の壁が大きい。
20年前、アメリカに、たった2週間だけ滞在した時に、しっかり、そう悟った。
自分は、無理。
自分の(微々たる)長所や能力を生かせるのは、日本がベストだと思った。
一番、手抜きして、楽するのは、日本がいい。
そうして、サボリ人生に拍車がかかった。


わたしは、一人暮らしをしたことが、ない。
同棲も経験したことが、ない。
結婚するまで、親元を離れたことがなかった。

いま、思えば、それはそれで、よかったように思う。
わたしのような、軟体動物は、ぐにゃりぐにゃりと、人に合わせてしまうので、
若い頃に、変なオトコにひっかかっていたとしたら、目も当てられない。
(また別の人生が開けたかも知れないが、わたしに、潔さと勇気がなかった)

しかし、わたしは、変なオトコにはひっかからなかった。
なぜか、変なオトコは、わたしの前を一定距離を保って通り過ぎるだけ。
なにをもって、変というのか、その定義が難しいが。
ひっかかる、とは、どういうことか、その定義も難しいが。

自分がへなちょこな分、それを補おうとする防御本能が備わっていると思われる。
そして、なんだかんだ言っても、自分の中には、きちんとしたモノサシがあって、
いくら、ぐにゃぐにゃしていても、自動的に、モノサシが作動するようだ。

ぐにゃぐにゃ軟体動物の、心臓部に、火事になっても燃えない金属で出来た、小さな塊がある。
人体に埋め込まれても、影響のない、医療用にも使われている素材・・・なんだろう、きっと。
これは、単純にいうと、「芯」とか「核」とか、とでもいうものか。

なので、自分のモノサシで判断した「変なオトコ」には、
意識的、本能的に近寄らないので、ひっかかりようがないのだ。

わたしの、モノサシは・・・いくら、本音ブログだと言っても、ここには書けない。
いささか残念ではあるが。
今の年齢で、今の状態では、モノサシの質、基準が大きく変化している部分もある。
相手に対して、譲れない基本は、たったひとつ、小さなことでもいい、自分にはない、尊敬できる部分が必要。
自分が、ダメウーマンなので、ダメンズは、だめ。
相手に依存は、重くて、だめ。


というわけで、波乱万丈とは真逆の人生を歩んでいる。
でも、ささやかながら、おもしろおかしく、人生を楽しんでいる。


昨日、聞いた話だが、飲み会では、(既婚)女性は、たいがい、家庭の愚痴を話す、らしい。
わたしも、愚痴たらたら、そんな頃があったかも知れない。
しかし、飲み会では話さない。
家庭の愚痴を話されて、聞くほうは、面白いのか?
自分の家庭がうまくいっていたら、ボランティア精神で、余裕で聞くのかも知れないが。

女性は、べらべら話すことで、うっぷんが晴れることが多いように思う。
相手の話なんか、どうでもよく、ただただ自分が話したいことを一通りすごい勢いで話す。


昨日、電車の隣の席に座っていた70歳ぐらいのおばちゃんが、ふたり、しゃべっていた。
過激な単語も、一語、二語まじえ、
そのうちのひとりが、自分の意見を言っているうちに熱を帯びてきて、
めちゃくちゃ大声、キツイ口調で、怒鳴る、激昂に近い状態で話していたが、
ここは、車内だよ~と、真隣にいた、わたしは思った、のだけれど・・・。

仕事仲間の仕事っぷり(どうやら接客販売業のよう)を非難している内容だった。
みなさん、熱いなあ・・・
女VS女は、こわいなあ・・・
というか、一歩間違えると、事件にでもなりそうな、熱さだった・・・
性格の一部が、破綻、ブチ切れているような・・・


仕事でもなんでも、一生懸命は、よろしい。
仕事のできる人は、あれぐらいの熱意が必要なのだろう。
が、人格や品格も必要なのでは・・・?

ついでに、ご主人のことも話されていたが、わたしの感想では、あの方のご主人は、かなり気の毒であります。
あんな勢いで、家でも正論をまくし立てられると、生きた気がしないだろう。
キンキン、アタマに金属片が刺さったような・・・
ああいう人と一緒に生活しないといけないご主人さまは、ほんと、ご同情申し上げまする。
旦那さんの浮気相手?候補女性みたいな人のことをぼろのちょんに、けなしておられたが、
旦那さん、息抜きしたくなるのもわかる。

わたしは、電車を降りて、しばらくしてもまだ、アタマが、キンキンしていた。

正論も、ほどほどに。
場所もわきまえず、キンキン正論言っても、それ以前の問題ですが。
自分では、自分のことがわからない、見えないという、典型見本みたいな、お方だった。


で、そろそろ、とってつけたように、マトメを・・・。

最近、わたしは、こころが穏やかなので、見るもの聞くもの、みな、おもしろい。
自分を向上させる努力すら、楽しい。
人生には、こういう凪状態の時もあるものだ。
目前に、また、大きなバタバタ・イベントが迫っているので、
せめて、今だけでも、ゆっくり、のんびりサボっておこう。

 

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