雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

職の御曹司におはしますころ

2014-12-09 11:00:00 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第七十三段  職の御曹司におはしますころ

職の御曹司におはしますころ、木立などの、はるかにもの旧り、屋のさまも、高う気どほけれど、すずろにをかしうおぼゆ。
母屋は、「鬼あり」とて、南へ隔て出だして、南の廂に御帳立てて、又廂に女房はさぶらふ。
          (以下割愛)


職の御曹司に中宮様がおいでになられた頃のことですが、庭の木立などが奥深く古色を帯びて茂り、建物の様子も、高くて何となく親しみが持てない感じですが、どういうわけか味わい深く感じられます。
母屋は、「鬼が棲んでいる」というので、そこは締め切って、南側に建て増しをして、南の廂の間に御几帳を立てて中宮様の御座所とし、又廂(マタヒサシ・さらに南にある廂。孫廂)の間に女房は伺候しています。

参内のため近衛の御門から左衛門の陣に参上なさる上達部(カンダチメ・上級貴族)の御前駆たちの警蹕(ケイヒツ)の声があり、それに比べて殿上人のそれは短いので、「大前駆、小前駆(オオサキ、コサキ)」とそれぞれ名前をつけて、聞いては私たちは大騒ぎをしていました。
それが度々のことなので、それぞれの声をみな聞き分けられるようになり、
「あれは何とかさんだ」
「これはだれそれだ」などと言うと、また、別の女房が
「違う違う」などと言うので、召使をやって見届けさせたりするのですが、言い当てた者は、
「やっぱりそうでしょう」などと言うのも可笑しいのです。

有明の月の頃、たいそう霧が立ちわたっている庭におりて、女房たちが歩き回るのをお聞きになって、中宮様もお起きになられる。
当番で御前に詰めている女房たちはみな端近くに座ったり、庭に下りたりして遊ぶうちに、しだいに空が白んでゆきます。

「左衛門の陣に、行ってみよう」と言って私たちが出かけますと、「私も」「私も」と他の女房も次々と話を聞きつけて一緒になって行くと、向こうから、殿上人が多勢で声高らかに、
「なにがし一声の秋」と詩を吟じながらこちらへ参上してくる音がするので、私たちは逃げ帰って、その殿上人たちと話などするのです。
「有明の月を鑑賞されていたのですね」などと感心して、歌を詠む殿上人もいます。

夜も昼も、職の御曹司に殿上人の姿が絶える時がありません。上達部まで、参内される途中に、特別のことがなく急ぐことのない方は、必ずこちらの職に参上なさるのです。



中宮御座所である職の御曹司の優雅な生活ぶりと、訪れる人が絶えない様子が描かれています。

しかしこの頃は、中宮定子の実父である関白道隆の死去以来、定子にとっては不遇の時が続いていました。この章段の場面は、中宮定子に第一皇女修子が誕生された後の明るいひとときが描かれているのです。

時代はすでに、藤原道長、そして彰子の時代へと動こうとしておりました。その流れを考えますと、本段の最後の部分は、少納言さまの渾身のレポートだったのではないでしょうか。
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