雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

暁に帰らむ人は

2014-12-24 11:00:30 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第六十段  暁に帰らむ人は
  
暁に帰らむ人は、「装束など、いみじううるはしう、烏帽子の緒、元結かためずともありなむ」とこそ、おぼゆれ。いみじうしどけなく、かたくなしく、直衣・狩衣などゆがめたりとも、たれか見知りて、嗤ひ譏りもせむ。
     (以下割愛)


暁に女のもとから帰るような時の男は、「装束などをひどくきちんと整えたり、烏帽子の緒を元結にしっかり結び固めなくてもいいでしょう」と、思うのです。
ひどくだらしがなく、ぶざまに、直衣や狩衣などをゆがめて着ていたとしても、そんな朝早い時間に、誰がそれを見て笑ったり悪口を言ったりするでしょうか。

男は何といっても、暁の別れる時の振る舞い方こそ、愛情細やかなものでなくてはなりません。
むやみに起き渋って、いかにも床を離れるのが辛いという様子を見せて、女の方から無理にせっつかれるように仕向けて、
「とうに夜明けが過ぎてしまいましたよ」
「まあ、お寝坊さんで、見苦しいわ」
などと言われて、男がため息をつく様子も、
「いかにも、まだまだ愛したりなくて、帰るのが辛いのでしょうねぇ」
と、女には見えてしまうのです。

指貫なども、座ったままではこうともしないで、何をさておいても女に寄り添って、睦言の続きを女の耳にささやきながら、もじもじと何をしているのか分からない様子なのですが、いつの間にか、帯などを結んでいるのです。
格子を押し上げて、妻戸のある所はそのままで、女を一緒に出口まで連れて行って、別れ別れでいる昼の間は、待ち遠しい気持ちだなどと口にしながら、そっと女の家を出て行ってしまうのなどは、女もいつまでも男の後ろ姿を見送る気持ちになり、名残り惜しさにひたることでしょうし、思いだすことも多くありますのよ・・・。

それとは対照的に、ひどくさっぱりと起きだして、夜具も何もさっさとひき散らかして、指貫の腰のひもをごそごそと音を立てて結び、昨夜脱ぎ棄ててあった直衣や、袍や、狩衣なども、その袖をまくりあげて、腕をぐっと差し入れて、帯をたいそうしっかりと結び終えて、ひざまずいて烏帽子の緒をギュッと強く結び入れ、かっちりと頭にかぶる音がしたかと思うと、扇や畳紙などを、昨夜枕元に置いておいたのですが、自然に散らばってしまったのを探しているのですが、まだ暗いので見当たるものでもありません。
「どこだ、どこだ」
と、そこら辺を一面にたたきまわってやっと見つけだし、汗をかいてしまったものですから扇をばたばたと使い、懐紙を懐に差し入れて、
「失礼するよ」
とほんのひとこと言うだけなのよ。こんな男もいるのですから。



この章段は、間違いなく少納言さまの恋愛講座です。
やはり少納言さまは、理にも情にも満ち溢れたすばらしい女性だったのですねぇ。

コメント
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