雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

忍びたるところ

2014-12-14 11:00:04 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第六十九段  忍びたるところ

忍びたるところにありては、夏こそをかしけれ。
いみじく短き夜の明けぬるに、つゆ寝ずなりぬ。やがて、万づのところ開けながらあれば、涼しく見えわたされたる。
なほ、いますこしいふべきことのあれば、かたみにいらへなどするほどに、ただ居たるうへより、烏のたかく鳴きていくこそ、顕証(ケセウ)なる心ちして、をかしけれ。

また、冬の夜。
いみじう寒きに、埋もれ臥してきくに、鐘の音の、ただものの底なるやうにきこゆる、いとをかし。
鶏の声も、はじめは羽のうちに鳴くが、口を籠めながら鳴けば、いみじうもの深く遠きが、明くるままに近くきこゆるも、をかし。


人目を忍んで逢う場面としては、夏こそ趣がありますよ。
とても短い夜が明けてしまったのに、少しも寝ないままになってしまったのよ。前夜からずっと、どこもかしこも開けたままなので、早朝の庭が涼しく見渡すことが出来ます。
夜が明けてしまったとはいえ、もう少し話し合いたいことがあるので、お互いにあれこれと受け答えなどしているうちに、座っている部屋の真上から、烏が高い声で鳴いて飛び立つのは、昨夜からのことが見透かされているような気がして、可笑しくなってしまいます。

また、冬の夜も悪くありません。
とても寒いので、夜着をすっぽりとかぶって寝たまま聞いていると、鐘の音が、まるで果てしない底の方から聞こえるような気がするのが、大変情緒があります。
鶏の声も、はじめは羽の中に首を突っこんだまま鳴くのが、口ごもったような鳴き声なので、とても奥深く遠くに聞こえるのですが、しだいに夜が明けてくるに従って、近くに聞こえるようになってくるのも味わい深いものです。



なかなかに艶やかな章段です。
前段に、「夏と冬と」とがあり、それを受けての後朝(キヌギヌ)の様子です。
また、カラスも前段に続いての登場です。前段のカラスは、間抜けな夜烏ですが、この段は、何もかも知っているよと、したり顔の明烏です。

このあたりの表現は、少納言さまの実体験そのものだと感じられるのですが、如何でしょうか。
コメント
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