八万四千の塔を建てる ・ 今昔物語 ( 4 - 3 )
今は昔、
天竺において仏(釈迦)が涅槃に入られて一百年後に、鉄輪聖王(テツリンジョウオウ)が出生なされた。阿育王(アイクオウ・マウリヤ王朝第三代の王。古代インド最初の統一国家を建設、仏教の守護者として著名。)と申される。
この王は、八万四千人の后を持っていた。しかし、王子はいなかった。それを嘆いて子供の誕生を願い乞うていたが、特に寵愛していた第二の后が懐妊した。
それで、大王は大変喜び、占い師を召して、「この懐妊した皇子は、男か女か」と訊かれると、占い師は、「金色の光を放つ男子がお生まれになります」と占なって申し上げた。されば、大王はいっそう喜び、后を大切にし給うこと限りなかった。
こうして、お生れになるのをお待ちになっているうちに、第一の后がこの事を聞いて思ったことは、「まことにそのような子が生まれて来れば、私はきっと第二の后に蹴落とされるに違いない。されば、どうにかして、その生まれてくる御子を亡き者にすべきだ」というもので、計略を廻らせた。
そして、「ここに孕んでいる猪がいる。これが生んだ子を第二の后が生むであろう金色の御子とを取り換えて、御子を埋め殺してしまおう。そして、『このような猪の子をお生みになりました』と言って取り上げしよう」と企てて、第二の后の身近に仕える乳母を説き伏せて、生まれてくるのを待っているうちに、月満ちて、第二の后の陣痛が始まり、人の手助けを受けて出産したが、あの乳母が第二の后に教えたことは、「出産の時には物を見ないことです。衣を引き被っていれば安産できる」ということで、第二の后は教えられたように衣を被っていたので物も見えなかった。
やがて御子は、安産でお生れになった。第二の后がご覧になると、占い師が言っていた通り金色に輝く男の子がお生まれになったのである。ところが、かねて計画していたように、乳母はその御子を他の物で押し隠すようにして取って、猪の子と取り換えた。大王には、「猪の子をお生みになられました」と申し上げたので、大王はそれを聞いて、「これは、奇妙で恥知らずなことだ」と言って、第二の后を他国に追放されてしまった。
第一の后は、計略通りことがなされたことを大いに喜んだ。
その後、数か月経ってから大王は他所に御行して逍遥(ショウヨウ・気晴らしにそぞろ歩くこと。)なさることがあった。
園でお遊びになられたが、林の中に女がいた。何か子細がありそうな様子である。召し寄せて見てみると、追放した第二の后であった。
大王は、たちまち哀れみの心がわいてきて、猪の子を出産した時のいきさつをお訊ねになられると、第二の后は、私は何一つ過ちなど犯しておりません、何とか事の真実を大王のお耳に入れたいと思っていましたが、このように直接にお訊ねいただけたと喜んで、実際に起きたことを申し上げると、大王は、「我は、過って后を罪にしてしまった。また、金色の御子が生まれていたのに、他の后共の計略で殺されてしまったのだ」と誤解を解いて、第二の后を召し還して宮殿に帰り、もとのように后とした。
第二の后を除く八万四千の后を、罪を犯した者も犯していない者も、そのすべてを怒りの心を起こして殺してしまった。
その後、よくよく思案するに、「何とこの罪は重いことか。地獄に堕ちる報いをどうすれば免れることが出来るだろうか」と思い嘆いて、近護という羅漢の比丘(ラカンノビク・最高位の修業過程である阿羅漢果を修得している僧。阿育王の師僧。)に大王はこの事を相談された。
羅漢は申し上げた。「まことにこの罪は重く、免れがたいと思われます。但し、后一人に一つの塔を充てて、八万四千の塔を建立なさいませ。そうすることだけが、地獄の苦から免れることが出来るでしょう。塔を建てる功徳は、ただ戯れに石を積み木を彫っただけでさえ、人智の及ばない不可思議なご利益があります。いわんや、法の定める通りにその数の塔を建立なされば、罪を免れることは疑いありません」と。
そこで大王は、国内に勅命を下して、閻浮提(エンブダイ・古代インド的、仏教的宇宙観で、須弥山の南方洋上にある大島で、我々の住む世界とされる。)の内に八万四千の塔を一気にお建てになった。それに仏舎利(ブッシャリ・仏の遺骨。)を安置していないことを嘆かれていると、一人の大臣が申し上げた。「仏が涅槃にお入りになられた後、舎利を分けられましたが、大王の父の王(年代が合わず、祖父という説もあるらしい。)が得られるはずの舎利を難陀竜王(ナンダリュウオウ・仏法守護の八大竜王の一人。)がやって来て奪い取り、竜宮に安置しています。速やかに彼を訪ねて返却させ、この塔に安置なさるべきです」と。
そこで大王は、「我は、諸々の鬼神(仏教守護の善鬼)ならびに夜叉神(ヤシャジン・もとは古代インドの神話伝説上の悪鬼。仏教に取り込まれて、仏法守護となった。)などを召して、鉄(クロガネ)の網を以て海の底の多くの竜を捕らえれば、きっと舎利を得ることが出来るだろう」と思われて、鬼神・夜叉神などを召してこの計画を決定して、すぐに鬼神に鉄の網を造らせて曳かせようとされたので、竜王は大いに恐れおののいて、大王が寝ておられる間に竜王がやって来て竜宮に招いた。
大王は竜王と共に船に乗り、多くの鬼神等を連れて竜宮に行かれた。竜王は大王を迎えて、「舎利を分けた時、八国の王が集まり、四衆(四部の衆、と同じ。仏教教団を構成する四種の要員で、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の総称。)が相談して、罪を除くために得た舎利です。もし大王が、私と同じように恭敬しなければ、きっと罪を得られることでしょう。私は、水晶の塔を建てて心をこめて恭敬いたします」と言った。
大王は舎利を得て本国に帰り、八万四千の塔のすべてに安置して礼拝なされた時、舎利は光を放ちなされた、
となむ語り伝へたるとや。
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