口達者の徳 ・ 今昔物語 ( 28 - 13 )
今は昔、
銀(シロガネ)の鍛冶師に、[ 欠字あり。「姓」が入るが不詳。]の延正という者がいた。延利の父、惟明の祖父である。(いずれの人物も、伝不詳。)
ある時、花山院がその延正を呼び出して、検非違使庁に身柄を渡した。院は、なお怒りがおさまらず、「厳しく取り調べよ」と命じ、庁にあった大きな壺に、水をいっぱいになるまで満たし、その中に延正を入れて、首だけ出して放置させた。
十一月(旧暦)のことなので、寒さのためがたがたと震えあがった。
夜がしだいに更けてゆくと、延正は声を限りに大声で叫び出した。庁舎は院がおいでになる御所とごく近い所なので、こ奴が叫ぶ声が、はっきりと聞こえた。
延正が叫んでいる内容は、「世間の人たちよ、ゆめゆめ大ばか法王の近くに参ってはならぬぞ。大変恐ろしく堪え難いことになるぞ。ただ下衆のままでいるのだぞ。この事をよく心得ておけ、分かったな」といったものである。
その叫び声を、院はお聞きになって、「こ奴め、たいそうなことを言うものだ。なかなかの口達者ではないか」と仰せになって、すぐに召し出して、褒美を与えて、お許しになった。
されば、人々は、「延正はもともと口達者なので、口達者の徳にありついたのだ」と言い合った。また、「あ奴は、鍛冶師のおかげで[ 欠字あり。「憂き」といった意味の言葉か?]目をみて、口達者のおかげで許されのだな」と、上下の人々が言い合った、
となむ語り伝へたるとや。
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