枕草子 第二百五十段 男こそなほいとありがたく
男こそ、なほいとありがたく、あやしき心ちしたるものはあれ。
いと清げなる人を捨てて、憎げなる人を持たるもあやしかし。
公けどころに入り立ちたる男・家の子などは、あるが中によからむをこそは、選りて想ひたまはめ。及ぶまじからむ際をだに、「めでたし」と思はむを、死ぬばかりも想ひかかれかし。人の女、まだ見ぬ人などをも、「よし」ときくをこそは、「いかで」とも思ふなれ。かつ、女の目にも「わろし」と思ふを想ふは、いかなることにかあらむ。
容貌いとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれによみて、怨みおこせなどするを、返りごとはさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたるを見捨てて、いきなどするは、あさましう、公け腹立ちて、見証(ケンソ)の心ちも、心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。
男というものは、何とも実に不可思議なもので、奇妙な心情を持っているものですねぇ。
とても美しい女性を見捨てて、不器量な女と同棲しているなんて不思議な限りです。
宮中に出仕して覚えめでたい男性とか、良家の子息などは、とりわけ良さそうな女性を、よく選んで想いを寄せるべきです。手の届きそうもない身分の女性であれ、「すばらしい」と思うような人を、命をかけて恋してかかればいいのです。
然るべき人の娘や、宮仕えの未婚の女性で、「いい人だ」と噂に聞く女性をこそ、「ぜひとも妻に」と思うでしょう。そのくせ一方では、女の目から見ても「くだらない」と思う女を愛するのは、一体どうなっているのでしょうか。
容貌とても美しく、心情も優れた妻が、字も上手に書き、歌も巧みに詠んで、男の薄情を恨んで手紙をよこしたりするのに、男は返事だけは体裁よくするものの、妻の家に寄りつかず、妻がいじらしく嘆いているのを見捨てて、他の女のもとに行きなどするのは、あきれてしまって、むかっ腹が立って、傍から見ていても、不愉快に見えるのに、当人の問題となると、男というものは、全く女の苦悩が分からないものなんですよ。
書き出しの『男こそ、なほいとありがたく』だけを見ますと、男性に対する称賛の文章だと思ってしまうのですが、とんでもないことです。
この中の「有り難く」というのは、感謝などではなく、文字どおり「あるはずがない、理解できない」といった意味のようです。
この章段は、当時の一般的な風潮なのか、少納言さまの個人的な恨みなのか、それはよく分かりません。
男こそ、なほいとありがたく、あやしき心ちしたるものはあれ。
いと清げなる人を捨てて、憎げなる人を持たるもあやしかし。
公けどころに入り立ちたる男・家の子などは、あるが中によからむをこそは、選りて想ひたまはめ。及ぶまじからむ際をだに、「めでたし」と思はむを、死ぬばかりも想ひかかれかし。人の女、まだ見ぬ人などをも、「よし」ときくをこそは、「いかで」とも思ふなれ。かつ、女の目にも「わろし」と思ふを想ふは、いかなることにかあらむ。
容貌いとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれによみて、怨みおこせなどするを、返りごとはさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたるを見捨てて、いきなどするは、あさましう、公け腹立ちて、見証(ケンソ)の心ちも、心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。
男というものは、何とも実に不可思議なもので、奇妙な心情を持っているものですねぇ。
とても美しい女性を見捨てて、不器量な女と同棲しているなんて不思議な限りです。
宮中に出仕して覚えめでたい男性とか、良家の子息などは、とりわけ良さそうな女性を、よく選んで想いを寄せるべきです。手の届きそうもない身分の女性であれ、「すばらしい」と思うような人を、命をかけて恋してかかればいいのです。
然るべき人の娘や、宮仕えの未婚の女性で、「いい人だ」と噂に聞く女性をこそ、「ぜひとも妻に」と思うでしょう。そのくせ一方では、女の目から見ても「くだらない」と思う女を愛するのは、一体どうなっているのでしょうか。
容貌とても美しく、心情も優れた妻が、字も上手に書き、歌も巧みに詠んで、男の薄情を恨んで手紙をよこしたりするのに、男は返事だけは体裁よくするものの、妻の家に寄りつかず、妻がいじらしく嘆いているのを見捨てて、他の女のもとに行きなどするのは、あきれてしまって、むかっ腹が立って、傍から見ていても、不愉快に見えるのに、当人の問題となると、男というものは、全く女の苦悩が分からないものなんですよ。
書き出しの『男こそ、なほいとありがたく』だけを見ますと、男性に対する称賛の文章だと思ってしまうのですが、とんでもないことです。
この中の「有り難く」というのは、感謝などではなく、文字どおり「あるはずがない、理解できない」といった意味のようです。
この章段は、当時の一般的な風潮なのか、少納言さまの個人的な恨みなのか、それはよく分かりません。
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