雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

芋粥を求めて (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-17 )

2016-02-02 06:59:28 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          芋粥を求めて (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-17 )

     ( (1)より続く )

さて、その夜は道中で一泊した。翌朝は早くに出立して進んで行くと、本当に巳時頃に、二、三十町ばかり向こうから一団となって来る者たちがあった。
「何だろうか」と見ていると、利仁が「昨日の狐が向こうに着き、用件を告げたのです。それで男たちがやって来たのです」と言うと、五位の侍が「さあ、どうでしょうかなあ」と言っているうちに、一団はどんどん近付いてきて、ばらばらと馬から降りると同時に、「これを見よ。まことに参られたではないか」と言っている。
利仁は微笑んで、「どうしたのだ」と尋ねると、年長の郎等が進み寄ってきたので、「馬はあるか」と尋ねると、「二頭ございます」と答え、食べ物など用意して持参してきていたので、その辺りに座って食べた。

その折、先ほどの年長の郎等が「昨夜、不思議なことがございました」と言った。「どういうことか」と利仁が尋ねると、「昨夜、戌時(イヌノトキ・午後八時頃)の頃、奥方様がにわかに胸に激しい痛みを感じられて、『どうしたことか』と思って控えておりますと、奥方様自ら『私は、他のことではありませんが、この昼に三津の浜で、こちらの殿が急に京より下られる途中で会いましたので、逃げようとしても逃げることが出来ず捕まってしまいました。そして私に、「お前は、今日の内に我が家に行き着き、家の者に、私が客人を連れて突然下ってくるので、明日の巳時に馬二頭に鞍を置いて、男どもが高島辺りに迎えに来るようにと必ず伝えよ」と命じられたのです。もし、今日の内に行き着いて伝えなければ、ひどい目に遭わせるぞと言われたのです。ご家来の方々、すぐに出立してください。遅くなったりすれば、私がお叱りを受けます』と言って、恐れ騒がれましたが、大殿が『分かった。容易いことだ』と仰せになり、男どもを呼んで命じられますと、たちまちのうちに奥方様は正気にお戻りになりました。それで、我らは夜明けの鶏の声と共に出かけたのです」と答えた。
利仁はこれを聞くと笑顔を見せ、五位の侍に目配せすると、五位の侍は「呆れたことだ」と思うばかりであった。

食事が終わると、急いで出立すると、その日の暮れ方に家に着いた。
「そら見よ。本当だったのだ」と、家じゅうの者が大騒ぎで迎えた。五位の侍は馬から降りて家の様子を見てみると、この上ないほど裕福そうである。着ていた二枚の着物の上に利仁の夜着を重ね着したが、空腹でもあり、大変寒そうなので、長火鉢にたくさん火をおこして、畳を厚く敷き、果物や食べ物などが用意されていて、実に豪華である。
「道中お寒かったでしょう」と、練色(ネリイロ・淡黄色)の綿が厚く入った着物を三枚重ねてかけてくれたので、何とも良い気分になった。

食事が終わり、あたりが静かになってから、舅の有仁(アリヒト)がやって来て、「一体どういう事なのか。急に下向なされたのは。あのような御使いのなされ方も常軌を逸している。あなたの奥方は、にわかに正気を失われお気の毒でしたよ」と言うと、利仁は笑いながら、「試してみようと思ってしたことですが、本当にやって来て告げたのですね」と言うと、舅も笑いながら、「驚きましたなあ」と応じ、「伝言にあったお連れの方とは、こちらにおいでのお方ですか」と尋ねた。
「そうでございます。『芋粥を未だ腹いっぱい食べたことがない』と仰るので、存分に食べていただこうと思ってお連れしたのです」と利仁が答えた。すると舅は、「それはまた、造作もない物に満足されていなかったのですね」と冗談っぽく言うと、五位の侍は、「東山に湯を沸かしてあるというので、まんまとだまされて遥々参ったのですが、それをこのようにおっしゃるのですよ」などと答え、和やかに話し合っているうちに夜も少し更け、舅は自分の部屋に帰って行った。

五位の侍も、寝所と思われる所に入って寝ようとしたが、そこには綿の厚さ四、五寸もある直垂(ヒタタレ・当時の男子の平服。ここでは直垂風の夜着)が置いてあった。
もと着ていた薄い着物は着心地が悪く、また何かいるらしく、痒い所も出てきていたので、全部脱ぎ捨てて、練色の着物三枚の上に置かれていた直垂を引き被って横になった時の気持ちは、これまでに経験がないほどで、汗びっしょりで横になっていると、そばに人が入ってくる気配がした。
「誰だ」と声を掛けると、女の声で、「『御足をおさすりせよ』と命じられましたので参りました」と言う様子が、何とも憎からず、抱き寄せて、風通しの良い所に寝かせた。

やがて、「騒がしい声がしているのは何だろう」と思って聞いていると、男が叫ぶような声で、「この辺りの下人どもよく聞け。明朝の卯時(ウノトキ・午前六時頃)に、切り口三寸、長さ五尺の山芋を、各自一本ずつ持って参れ」と言っているようだ。
「難しいことを言うものだ」と思いながら、眠ってしまった。
そして、まだ夜明けの頃に、庭に莚(ムシロ)を敷いている音がした。「何をしようとしているのだろう」と聞いていたが、夜が明けて蔀(シトミ・建具の一種で、ここでは窓の板戸のようなもので、上に開ける)を上げた時に見ると、長莚が四、五枚敷かれていた。
「何に使うのか」と思っていると、下人の男が木のような物を一本その上に投げ置いて去っていった。その後も、次々と持ってきては置いて行くのを見てみると、本当に切り口が三、四寸程の山芋で長さ五、六尺程の物を持ってきて置いているのであった。
それが巳時まで続いたので、五位の侍がいる寝所の軒の辺りまで積み上がった。昨夜叫んでいたのは、その辺りに住んでいる下人のすべてに命令を伝達するための、「人呼びの丘」という丘の上で叫んでいたのである。
この家に従う者は、その声が届く範囲の下人どもだけでもこれだけ多く集まるのに、さらに離れた場所の従者を加えると、その多さが思いやられる。

「何とも、驚いたことだ」と見ていると、一石(180リットル)入りの釜を五つ六つ抱えてきて、急いで杭などを打ち込んで、その釜をずらりと並べた。
「何をするのか」と見ていると、白い布の襖(アオ・裏つきの袷の着物で、男女ともに用いる)という物を着て腰に帯を締めた、若くてこぎれいな下女たちが、白くて新しい桶に水を入れて持ってきて、この釜に入れている。
「何の湯を沸かすのだろう」と見ていると、この水と見えた物は味煎(ミセン・あまずらの煎じ汁。甘味料として用いる)だったのである。
さらに、若い男どもが十余人ばかり出てきて、袖をまくり上げて、薄い刀の長い物で、山と積まれた山芋の皮を削っては、なで切りにする。もちろん、芋粥を煮るのである。

この様子を見ていた五位の侍は、もはや食べる気がしなくなり、かえって嫌気がさしてきた。
そのうちに、ぐつぐつと煮えたぎってきて、「芋粥が出来上がったぞ」という声に、「さっそく差し上げよ」と言って、大きな土器で、銀の提(ヒサゲ・酒などを注ぐのに用いる口つきの器)の一斗(18リットル)程入る物に三、四杯汲み入れて持ってきたが、一杯さえも食べられず、「もう腹いっぱいです」と言うと、皆はどっと笑い声を上げ、集まってきて座り込み、「客人のお蔭で、芋粥を食べられるぞ」などと言って、冗談を言い合っている。
そんな時、向かいの家の軒下に狐が覗いているのを利仁が見つけて、「ご覧なさい。昨日の狐が会いたがっていますよ」と言いながら、「あの狐に何か食べさせてやれ」と下人に命じた。食べ物を与えると、狐はそれを食って、どこかへ行ってしまった。

このようにして、五位の侍はひと月ばかり滞在していたが、何かにつけて至れり尽くせりで楽しく過ごした。
そして、帰京する時には、普段着や晴着などを何枚も土産として渡された。また、綾・絹・綿などをいくつもの行李に入れて貰い受けた。最初の着物や夜着なども当然である。その他にも、立派な馬に鞍を置き、さらに様々なものなどを与えられ、すっかり物持ちになって上京した。
まことに、長年勤め上げて、人々から重んじられる者には、自然にこのようなこともあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


* この物語は、芥川龍之介の作品の一つの素材になっています。

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