雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

鷹取りの男と観音の霊験 ・ 今昔物語 ( 16 - 6 )

2023-08-15 16:05:04 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 鷹取りの男と観音の霊験 ・ 今昔物語 ( 16 - 6 ) 』


今は昔、
陸奥国に一人の男が住んでいた。長年、鷹の子を巣から捕ってきて、必要とする人に与え、その代価を得て生活をしていた。
長年、鷹が巣を作る所を見つけておいて、取り下ろしていたが、母鷹はこれを辛いことだと思っていたのか、本の所に巣を作らず、人が行けそうもない所を探し求めて、巣を作り卵を生んだ。
そこは、巌が屏風を立てたようになっている先端で、下には底も知れない大海の荒磯になっている。その巌の先端から遙か下に垂れ下がって生えている木の先に生んだのである。確かに、とても人が寄りつけるような所ではなかった。

この鷹取りの男は、鷹の子を取り下ろす時期になったので、いつも巣を作っている所に行ってみたが、どうして、あるはずがあろうか。しかも、今年は巣を作った跡もない。
男は嘆き悲しみながら、そのあたりを捜しまわったが、どこにも見当たらないので、「母鷹は、死んでしまったのかもしれない。あるいは、別の所に巣を作ったのだろうか」と思って、数日かけて、あちらこちらの山々や峰々を捜し歩くうちに、遂にこの巣の所を遠くから見つけて、喜びながら近付いてみると、とても人が行けそうな所ではなかった。
上から降りて行くにも、掌を立てたような巌の先端であり、下から登るにも、底知れぬ大海の荒磯である。せっかく鷹の巣を見つけはしたが、とても力の及ぶものではなく、家に帰り、これから先の生活の道が絶えてしまったことを嘆くばかりであった。

そこで、隣に住んでいる男にこの事を話した。
「自分は、いつも鷹の子を捕らえて、それを国の人に売って一年分の蓄えとして、長年過ごしてきたが、今年は、鷹が巣をあのような所に作って卵を生んだので、とても鷹の子を捕らえる術がなくなってしまった」と嘆くと、隣の男は、「何か工夫すれば、何とか捕らえることが出来るかもしれんぞ」と言って、その巣の所に二人連れだって出かけていった。
その所の様子を見て、隣の男が教えた。「巌の頂上に大きな杭を打ち立てて、その杭に百尋(ヒャクヒロ・150mほど。尋は長さの単位で、1尋は大人が両手を左右に広げた長さ。)の縄を結びつけ、その縄の先に大きな籠をつけ、その籠に乗って巣の所まで降りて捕るといい」と。

鷹取りの男はこれを聞いて、喜んで家に帰り、籠・縄・杭を準備して、二人そろって巣の所に行った。そして、計画していたように杭を打ち立てて、縄をつけ籠を結びつけて、鷹取りの男はその籠に乗り、隣の男は縄を持って少しずつ降ろした。やがて籠は遙か下の巣の所に着いた。
鷹取りの男は籠より降りて巣のそばに座り、まず鷹の子を捕らえて
翼を結んで籠に入れて、先にそれを上にあげた。自分は残っていて、次に降ろしてもらった籠で昇ろうと思っていたが、隣の男は籠を引き上げて、鷹の子を取ると、もう一度籠を降ろすことはせず、鷹取りの男を見棄てて家に帰ってしまった。
そして、鷹取りの家に行き、妻子に、「あなたの夫は、籠に乗せて鷹の子を捕らえるために降ろしている途中で、縄が切れて海の中に落ちて死んでしまった」と伝えた。妻子は、これを聞いて泣き悲しむこと限りなかった。

一方、鷹取りの男は、巣のそばに座って、籠が降りてくれば昇ろうと思って、今か今かと待っていたが、籠は降りてくることなく数日が過ぎた。
狭くて少し窪んだ岩の上に座っているので、ほんの少しでも身体を動かせると、遙か下の海に落ちてしまいそうである。そのため、ただ死ぬのを待つだけであったが、この男は、長年
このような罪深い
仕事をしてきているが、毎月十八日には、精進して、観音品(観音経)を読誦し奉っていた。
そこで、この場に臨んで、「わしは長年、飛び翔(カ)ける鷹の子を捕らえて、足に緒をつけて繋いでおいて放たず、鳥を捕らえさせていました。その罪によって、この世で報いを受け、今まさに死のうとしています。願わくば、大慈大悲の観音様、長年、観音経を信じ奉っておりますことにより、この世はこうして死んでしまいますが、後生では三途(サンズ・地獄、餓鬼、畜生の三悪道のこと。)に堕ちることなく、必ず浄土にお迎え下さい」と念じていると、大きな毒蛇が、目を鋺(カナマリ・金属製のおわん)のように光らせ、舌なめずりをしながら大海より現れ、巌をよじ登ってきて、鷹取りの男をひと呑みにしようとした。

鷹取りの男は、「蛇に呑まれるよりは、海に落ちて死のう」と思って、刀を抜き、蛇が自分に向かってきている頭に突き立てた。
すると、蛇は驚いて上の方に這い上がって行くので、鷹取りの男がその背に飛び乗ると、いつの間にか巌の上に昇っていた。その後、蛇は掻き消すように姿を消した。
その時はじめて、「さては、観音様が蛇の身となって、わしをお助けくれたのだ」と知り、涙ながらに礼拝して家に帰った。
長い間、何も食べていないので、飢えと疲れで、ようやく家に帰り着き、門を見ると、今日は自分の初七日に当たっていて、物忌みの札を立てて門が閉じられていた。
門を叩いて、開けて入ると、妻子は涙を流して、なによりも帰ってきたことを喜んだ。その後で、事の次第を詳しく話した。

やがて、十八日になり、鷹取りの男は沐浴精進して観音品を読み奉るため、経箱を開けてみると、経典の軸に刀が突き立っていた。自分があの巣において、蛇の頭に打ち立てた刀であった。
「観音品が蛇になって、わしをお助け下さったのだ」と知ると、貴く感激すること限りなかった。そして、たちどころに道心を起こして、髻(モトドリ)を切って法師になった。
その後は、ますます修行に勤め、悪心をすっかり断った


遠くの人も近くの人も、誰もがこの事を聞いて、尊ばない者はいなかった。ただ、隣の男は、どれほど恥ずかしかったことだろうか。だが、鷹取りの男は、その男を恨み憎むことはなかった。
観音の霊験の不思議なことは、このようでおわした。世間の人はこれを聞いて、専ら心を込めて祈念し奉るべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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