雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

射貫かれた仏師 ・ 今昔物語 ( 16 - 5 )

2023-08-15 16:05:34 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 射貫かれた仏師 ・ 今昔物語 ( 16 - 5 ) 』


今は昔、
丹波国、桑田郡に住んでいる郡司(グンジ・国司の監督下にあつて、郡の政務を担当した。)は、長年の宿願である観音像を造り奉ろうと思って、京に上り、一人の仏師と相談して、その制作費を渡して、懇切に依頼した。
仏師は、造ることを約束して制作費を受け取った。郡司は喜んで国に帰った。

この仏師には、もともと慈悲の心があり、仏像を造って世を渡っていたが、幼い時から観音品(カンノンボン・普門品、観音経とも。)を信奉し、必ず日毎に三十三巻を読誦していた。また、毎月十八日には持斎(ジサイ・戒律の一つで、正午以降は食事を取らないことを守る。)して、熱心に観音にお仕えしていた。
ところで、この仏師は郡司の依頼を受けて後、三月ばかりのうちに、郡司が思っていたより早く、観音像を美麗に造り奉って、仏師自ら仏像を持って郡司の家にお届けした。このような約束は、仏像作成の費用を受け取っていても、約束を守らず遅延することは、常のことであった。ところが、思いもかけず、これほど早くに造り奉ったうえに、思い通りの美麗さに造って仏師自ら届けてくれたので、郡司は大いに喜んで、「この仏師にどのような御礼を与えれば良いのか」と思ったが、あまり豊かでもないので、与えられそうな物がない。持っている物といえば、ただ馬一頭だけである。

その黒い馬は年が五、六歳ほどであるが、丈は四尺八寸ばかりである。(標準的な馬は四尺とされている。)性格はおとなしく、足は強い。道をよく歩き、走るのが速い。物に驚くことがなく、疲れを知らない。多くの人がこの馬を見て欲しがったが、郡司はこの馬を掛け替えのない宝と思って、長年持っていたが、この仏師の対応が嬉しくなって、「されば、この馬を与えよう」と思って、自ら引き出して与えた。
仏師はたいへん喜び、鞍を置いて乗り、乗ってきた馬は供の者に引かせて、郡司の家を出て京に上った。

郡司は、これまであの馬を身近において飼っていたので、その馬がいなくなり、厩に草などが食い散らかされているのを見るにつけ、恋しさに悲しくなり、今更のように馬を渡してしまったことが悔やまれてきた。そして、片時も我慢が出来なくなり、身を焼かれもまれるように[ 欠字。]思ったが、どうにも諦めきれず、遂に親しい[ 欠字。この後、欠字、欠文多いが、そのままにさせていただきました。]徳のために、この馬を当てたけれど、更に為[ 欠字。]惜[ 欠字。]我を思うならば、あの馬を取り返してきてくれぬか。盗人のような振りをして、仏師を射殺して、必ず取ってきてくれ」と。
郎等は、「お安い事です」と言って、弓矢を帯びて、馬に乗って走らせていった。

さて、仏師は表街道を行く。郎等は近道を通って先回りして、篠村(山陰道の要衝の地。現在の京都府亀岡市の辺り。)という所に行き、栗林の中で待ち伏せていた。
しばらくすると、仏師があの馬に乗って、やって来た。郎等は、「つらい仕事をしなければならないなあ」と思ったが、頼りにしていた主人の命令に背くことは出来ず、弓に尖り矢をつがえて、仏師の真正面に馬を走らせて仏師と向かい合い、弓を強く引き、四、五丈(一丈は約三メートル)ほどの距離から矢を放ったので、はずすはずもなく、へその上あたりから背中に矢尻が突き抜けた。
仏師は、仰向けざまに矢と共に落馬した。馬は手綱から放れて走り出すのを、追いかけていって捕らえ、主人の家に連れ帰った。
郡司はこれを見て大喜びした。前と同じように、傍らに置いて、可愛がって飼った。

その後、何日か経って、仏師の所から問合せもないので、不審に思って、あの郎等を上京させて、仏師の家を訪ねさせた。
「『どうしていらっしゃぃますか。長らくご無沙汰しておりますので、ご様子を伺いに参りました』と言うように」と教えて行かせたので、郎等は京に上り、さりげなく仏師の家に入っていった。
その家は、門口から奥に入って造られていたが、前庭に梅の木があり、その木にあの馬を繋いでいて、二人の人が撫でたり草を食わせたりしていて、仏師は縁に座ってその様子を見ている。馬は、前より色艶がよく、肥えている。
郎等はその様子を見て、不審に思うこと限りなかった。射殺したはずの仏師が居り、取り換えしたはずの馬もいるので、「もしかすると、見間違いか」と思って、立ったまま目をこらして見直したが、間違いなくあの仏師であり、馬も間違いないので、仰天して「怖ろしいことだ」と思ったが、郡司から命じられていた言葉を述べた。
仏師は、「何事もございません。この馬を多くの人が欲しがり、『買いたい』と申してきますが、この馬はたいした逸物ですので、売らずに持っております」と言う。

郎等は、なおも不思議でたまらず、この事を早く主人に報告するために、飛ぶようにして返り下った。そして、主人のもとに急いで行き、見てきたことを話した。
郡司もそれを聞いて、「奇態な
ことだ」と思って厩に行ってみると、いつの間にかあの馬がいなくなっている。郡司は怖れをなして、観音の御前に参って、「この事を懺悔しよう」と観音を見奉ると、その観音の御胸に矢が突き立っていて、血が流れていた。
すぐに、あの郎等を呼び、これを見せて、共に五体を地に投げて(五体投地)、声を挙げて泣き悲しむこと限りなかった。
その後、二人とも、すぐさま髻(モトドリ)を切って出家した。そして、山寺に行き、仏道を修行したのである。

その観音の御矢の跡は、今も開いたままで塞がらないでいる。人々が大勢参ってこれを拝み奉っている。仏師が慈悲深い人であったが故に、観音が身代わりになって矢を受けて下さったということは、観音の御誓願の通りなので、貴く感慨深いことである。
心ある人は、必ず参詣して拝み奉るべき観音で在(マ)します、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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2 コメント

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Unknown (yo-サン)
2022-04-04 23:33:15
比喩でありましてもちょっと辛いですが、観音様の慈悲を伝えるお話ですね。
さてさて、如何な観世音菩薩像だったのかしらと一人思いを馳せております。
千手観音、如意輪観音、それとも馬頭観音。やはり正観音様かと。

 今宵これにて。 南無観世音菩薩
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コメントありがとうございました (雅工房)
2022-04-05 15:01:29
yo-サンさま
今昔物語が仏教を称えることをベースにしていることは知られていることですが、時々、首を傾げるような内容のものもあります。
それは、時代による差なのか、物語が訴えていることを理解できないためなのか、などと考えてしまうことがあります。たいていの場合は、「物語として楽しむ」と流していることが多いのですが。
今後ともよろしくお願いいたします。
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