第五章 ( 二 )
船は、遠く近く浦々を眺めながら漕ぎ進み、備後国の鞆という所に至りました。
そこは、何となく賑やかな宿と思われましたが、たいか島という離れた小島がありました。その島は、隠遁した遊女が庵を並べて住んでいる所だったのです。
遊女という汚濁に深く染まり、六道輪廻をするに違いない営みのみをする家に生まれて、衣装に薫物をしては、まずは男女の語らいが深くなることを願い、自分の黒髪を撫でても、それが誰の手枕に乱れるのかと思い、日が暮れれば男との約束を待ち、夜が明ければ後朝(キヌギヌ)の名残を慕いなどする生活を送ってきたのでしょうが、そのような愛執の念をさっぱりと棄てて籠っているのです。
姫さまには、その変わり身に大変興味をひかれ、また立派な所業と感じられたようでございました。
「勤行にはどのようなことをなされるのですか。どのような機縁で発心なされたのですか」
などと側近くにお呼びになりお尋ねになりました。
ある尼はそれにお答えして、
「わたしは、この島の遊女の長者でございます。多くの遊女を抱えていて、それぞれの容貌を売り物として、旅人を頼りとして、彼らが留まることを喜び、船を漕いで去って行ってしまうことを嘆く日々でございました。また、たとえ知らない人に向かっても、その人と千秋万歳の契りを結び、花の下で、露ほどであれ情けをかけ、酒に酔うことを勧めなどして、五十歳を過ぎてしまいました。
ふと、前世の因縁が兆したものでしょうか、有為の眠り ( この世の現象に起因する迷い ) が一度に覚めまして、二度と故郷へも帰らず、この島に来て、朝な朝なに花を摘むためにこの山に登ることをしていて、三世 ( 前世・現世・来世 ) の諸仏にお供え申し上げております」
などと話されました。
姫さまは、尼の話に痛く感じ入られたご様子で、ここに二日ばかり留まりました。
そして、出立の時には、遊女たちはたいそう名残を惜しみ、
「いつごろに都に漕ぎ帰られるのでしょうか」
と尋ねるのに、姫さまは寂しく微笑まれるだけでございました。
姫さまのお心の内には、「さて、これが最期の旅になるかもしれない」という思いがありましたようで、次の和歌を詠まれました。
『 いさやその幾夜明かしの泊りとも かねてはえこそ思ひ定めね 』
( さて、これから先、幾夜を明かすとも前もって思い定めていない明石あたりの船旅の泊まりなのです。 )
☆ ☆ ☆
船は、遠く近く浦々を眺めながら漕ぎ進み、備後国の鞆という所に至りました。
そこは、何となく賑やかな宿と思われましたが、たいか島という離れた小島がありました。その島は、隠遁した遊女が庵を並べて住んでいる所だったのです。
遊女という汚濁に深く染まり、六道輪廻をするに違いない営みのみをする家に生まれて、衣装に薫物をしては、まずは男女の語らいが深くなることを願い、自分の黒髪を撫でても、それが誰の手枕に乱れるのかと思い、日が暮れれば男との約束を待ち、夜が明ければ後朝(キヌギヌ)の名残を慕いなどする生活を送ってきたのでしょうが、そのような愛執の念をさっぱりと棄てて籠っているのです。
姫さまには、その変わり身に大変興味をひかれ、また立派な所業と感じられたようでございました。
「勤行にはどのようなことをなされるのですか。どのような機縁で発心なされたのですか」
などと側近くにお呼びになりお尋ねになりました。
ある尼はそれにお答えして、
「わたしは、この島の遊女の長者でございます。多くの遊女を抱えていて、それぞれの容貌を売り物として、旅人を頼りとして、彼らが留まることを喜び、船を漕いで去って行ってしまうことを嘆く日々でございました。また、たとえ知らない人に向かっても、その人と千秋万歳の契りを結び、花の下で、露ほどであれ情けをかけ、酒に酔うことを勧めなどして、五十歳を過ぎてしまいました。
ふと、前世の因縁が兆したものでしょうか、有為の眠り ( この世の現象に起因する迷い ) が一度に覚めまして、二度と故郷へも帰らず、この島に来て、朝な朝なに花を摘むためにこの山に登ることをしていて、三世 ( 前世・現世・来世 ) の諸仏にお供え申し上げております」
などと話されました。
姫さまは、尼の話に痛く感じ入られたご様子で、ここに二日ばかり留まりました。
そして、出立の時には、遊女たちはたいそう名残を惜しみ、
「いつごろに都に漕ぎ帰られるのでしょうか」
と尋ねるのに、姫さまは寂しく微笑まれるだけでございました。
姫さまのお心の内には、「さて、これが最期の旅になるかもしれない」という思いがありましたようで、次の和歌を詠まれました。
『 いさやその幾夜明かしの泊りとも かねてはえこそ思ひ定めね 』
( さて、これから先、幾夜を明かすとも前もって思い定めていない明石あたりの船旅の泊まりなのです。 )
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