★くんは、絵が大好きな5歳の男の子です。
教室に来ると必ずといっていいほど、絵を描きたがります。
前回のレッスンでは、水彩絵の具を使わせてあげると、とても喜んでいました。
子どもが絵を描くのが大好きだと、「上達させるために何をしてあげられるかな?」「絵画教室を探そうかな?」と悩んでしまいますよね。
子どもが何かに喜んで熱中しているとき、そうした親側のあせりは禁物です。
すぐに何か教えたり、習わせる前に、子どもの姿をよく観察すると、今の「大好き」を起点にして、さまざまな方向に伸びていく可能性が見えてくるからです。
とにかく急いで、既存の枠にはめてしまうと、他の可能性を遮断してしまうかもしれません。
★くんは、絵に熱中する前まで、積み木で日本のお城を作ることを繰り返していました。
正確に高さをそろえたり、橋の形通り再現したりするのを喜んでいました。
几帳面な性質で建造物への興味が強い子ですから、今の「絵が好き」から、設計図を描いたり、見たりすることや、地図を描いたり、地図の見方を学んだりすることにつながるかもしれません。
また、5歳以降は、「こうしたい」という自分の工作のイメージが、動きのあるものや、磁石や滑車などの科学的な知識を取り入れたもの、展開図などの算数の知識を取り入れたものに変化していく時期ですから、この時期の描いたり作ったりの作業を、「上手に絵を描く技術を身につける」という大人の決めた枠の中に押し込めて しまうのはもったいない気がするのです。
★くんは絵が大好きで、しょっちゅう絵を描きたがります。
描くことに抵抗がない子は、 算数の文章題を絵を描いて解いていくよう教えると、算数好きになることがよくあります。
頭脳パズルを作って解くことも楽しめます。
「絵=絵画教室で習うもの」「絵=絵を上達させなくては……」とあせりさえしなければ、さまざまな方向に可能性を広げつつ、絵も上手になっていくことができるのです。
それには「タイミング」が大事です。
親だけが少しでも早く、「上達させたい」と願ってみても逆効果!
今、子どもが家で、ただただ、らくがきするのを楽しんでいるなら、それを最優先にして、同時に子どもをよく観察するといいですよね。
たとえば、「絵として他人から見て上手に描けるわけじゃないけど、絵を描くのが好き」という子がいたとします。
その子に、自然に、ちょうど良い刺激を与えつつ、描きたいときにたっぷり描ける環境を用意してあげると、
算数の文章題を解いたり、地図や頭脳パズルを作ったりすることを楽しみつつ、絵も少しずつ上達するかもしれません。
けれども、 上手にさせようとして、急いで絵を習わせたり、描き方を教えたりすると「自分は上手ではないな」とコンプレックスを抱いて、それ以降、描くことを楽しまなくなるかもしれません。
そうなると、せっかく描くことを通して、親しめたかもしれないさまざまな可能性が消えてしまいますよね。ピアノを習って、音楽嫌いになった子の話はたくさん聞くのです。
習い事が悪いわけではないのですが、急くのはよくありません。
子どもの適性をよく見て、先のさまざまな可能性も把握して、子どもの心に響く対応をするのが良いと思うのです。
『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』(相良敦子)の著書のなかで、こんな話が取り上げられていました。
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幼稚園の教育実習に行ったふたりの学生の報告です。
お芋堀りのときのこと。Aちゃんは、お芋を掘ることよりも、土を掘りながら別のことを楽しんでいるようでした。
「ねぇ、先生、どんどん掘っていくと、下の方は冷たいよ」
実習生のIさんは、とっさに「どうして冷たいかわかる?」とたずねました。
「わからない」とAちゃんが応えたので、Iさんはどうして冷たいのか理由を説明してあげたそうです。
もうひとりの実習生Fさんは、Bちゃんに「先生、とてもいいこと教えてあげる」と連れられていきました。
そこは滑り台の下の砂場でした。「先生、つーめたいでしょ」
Fさんが砂に手を入れて冷たさを味わっていると、Bちゃんは、さんさんと日が照っている砂場にFさんを連れて行き、「先生、あったかいよ~」と言ったそうです。園庭に冷たい砂と温かい砂があることを発見し、それを宝物のように教えてくれたのです。
Fさんは感激し、Bちゃんと何度も2つの砂場を往復し、心ゆくまで砂の感触を楽しんだそうです。
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前のIさんの報告に、著者の相良敦子さんは、「なんとやぼな対応でしょう」
と感想を述べています。
Fさんについては、「Fさんは、やがて幼稚園の先生となりましたが、子どもとともに感じ、発見から発見へ、工夫から工夫へと進んでいくすばらしい先生になりました」と報告しています。
子どもが何かに夢中になっているとき、その子のなかで、さまざまな気づきや喜びや発見が渦巻いています。
感覚が敏感な時期の子には、その時期特有の学び方があります。
そのとき、多くの親御さんは、何か目に見える進歩が欲しくなって相良さんが「なんとやぼな対応でしょう」と嘆かれているような対応をしがちです。
「教えたい」「進歩させたい」「今すぐ結果を見たい」と急いて、先の大きな成長をつぶしてしまわないように、次の2つのことが大事です。
★子どもの今の発見や喜びに共感する。
★その子その子の個性と発達の段階を良く見て可能性をつかんでおいて、
ちょうど良い「タイミング」で、(ほとんどは子どもからの求めに応じて)新しい遊び(新しい学習)に誘う。