ついに始まりました。国道はびっしりの渋滞です。
この土日は、花に誘われた人々があふれています。
そんな身動きも取れないような騒々しい時に、私は
近くの里山に昨日から出かけて山菜を取りに行きました。
山菜と言っても取るのはタラの芽のみです。
ただ、最近は山菜をとる人も増えたこととタラの芽の味を知った
人が増えたことで、山の天然物は中々手に入らなくなっています。
それに加えて、管理されている登山道やらハイキング道やら、別荘
開発が多く、ちょっと山に入っても舗装道路や人家があるのです。
ですから、すぐ裏山に入っていくらでも取れたなどということは
遠い昔の話で、地元の人でも料理屋とか飲み屋で料理されたものを
食べる方が多いのではないでしょうか。それだけとりづらくなって
います。
いつもは下旬になって出かけるのですが、今年は桜もいくらか
早いようですし、いつも走っている公園のタラの芽ももう大きく
なっていたので、今が取り時と思い出かけました。
ただ、昨日は最近行きたいところナンバーワンのいつも見える山、
二子山に行きました。二子山周辺は見たところ雑木林も多そうで
一度も行ったことのない地域だったので、タラの芽も収穫でき
そうだと思ったのです。
芦ヶ久保の道の駅に車を止め、ネットでみた登山案内のとおり、
道をたどると登山道はよく整備されており、こんな低い山に
登る人もいないだろうと思うと上から降りてくる人が何人かいて
今更中高年の登山ブームを思います。都会の裏庭として、誰
でも登れる山の需要は大きいものがあり、こんな低い山にも登りに
来るのです。
私など、生まれてから毎日目の前にしていて、一度も登ったことが
なく、いったいどこからどう登るのだろうとついこの間、実際に
どこから登るのか、どのくらい時間がかかるのか知ったばかりなのに
わざわざ遠くからこの山を目当てにしてくる人がいるとは。
最初は、山菜のありそうなところをきょろきょろとのろのろとうろつく
ような歩き方でしたが、整備された山道にまったく山菜のありそうな
雰囲気もなく、人造林の登山道がずっと続く道でした。こうなれば、
高度も上がりタラの芽をあきらめ、登山だけに集中することにします。
それまでゆったりと登っていたのですが途中から、下から登って来る
気配がして、なんだか追いかけられている感じを受け、普段ランニング
でも、こういうシチュエーションでは、いつもの競争心が湧き、抜かれ
まいとペースを上げます。ふと下を見るとさらにその老女の登山者の後ろに
トレイルランニングの若い男も現れ、こうなるとまったくペースを下げ
抜かせてやろうなどと思わないで、さらにそのまま登ります。
秩父の山は、こんな低山でも急峻なコースがあり、侮れません。
もうすぐ山頂というころ、山道は急になり、木にロープを巻きつけ
それを利用しないと登れないような斜面となりました。上から降りて
くる人がいて、少し道を譲り合っていたら下から来た、トレイルラン
男に抜かれてしまいました。かっこが防寒の時に穿くようなタイツ
を穿いていました。
しかも後ろが少しめくれて背中が出ている上に落ち葉のかけらがつく
という、なんとなくくたびれたようなイメージの人でした。何もこんな
走りづらいところを走ることもなさそうなものですが、雑誌などで
トレイルランのコースとしてよく秩父の低山は紹介されている影響
なのでしょう。
こんなシーンから八海山登山マラソンに誘われたのを思い出しました。
それよりこの登山の方が苦しいんじゃないかと思いました。たかだか
800Mほどの山ですが、見晴らしが良い訳でもなく、ただ林の中の山の斜面が
細く続くのみです。
それなのに人はなぜ山に登るでしょう。山頂についても低山では、木々が
邪魔して眺望がいいわけでも、景色がすばらしいわけでもありません。
山頂では、そんな林の狭いスペースにシートを敷いて昼を摂るグループが
何組かいました。
私はそれまでに手にしたタラの芽がひとつ。途中入っていけそうな
藪もありません。山菜のある雑木林や藪が目に付くこともなく、
結局上まで登って、そこで休むでもなく降りてしまいました。
長年憧れた地でありながら、いざ登ってみれば何のことはない、
憧れのゲレンデを次々訪れた時のあの感動すらないのです。
目当ての山菜がまったく取れなかったのもあるのでしょうが、
まったく落胆してしまいつまらない時間をとってしまったと
後悔しました。しかし、そのまま終わりにする気にもなれず、
また今日、山菜を取りにいきました。
今回は、登山などという目的でなく実用的な山菜を取るための
山入りです。この間偶然武甲山の登山口に駐車スペースがある
のを知り、今回はそれを利用して武甲山の下を探ってみようと
出かけました。
しかし、行ってみると他県ナンバーの車がびっしりと止まっていて
安心して止められるスペースに車が入れられません。
ならばと引き返して自宅に戻り、徒歩にて武甲山のふもとを探る
里山散歩に出かけました。
とはいえ、これは完全な藪漕ぎであり、人のはいらなそうな所を
見つけることは大変難しく、がけや藪といった人の近づかない
所へ足を踏み入れることになります。
タラの芽は、良く似た木の漆や、バラの茂みに守られています。
そして、日当たりがいいところの木は、3、4Mにもなり、取るのは
技術が入ります。昔はなたで切ってしまう人が多く、次の年は
取れないということもありました。
もともとタラの芽が出るのは、雑木林を切り開いたような植林地
であり、木を切り出した後などに良く取れたのです。最近では
新たな植林も切り出しもないので、取れる場所は年々少なくなる
感じです。とはいっても山は広いし、人が行かないところにある
のですから、まったく取れないということもないのです。
今日も一本見つけると次々に見つかりました。山の中はいのしし
の足跡だらけでした。それと熊の目撃情報があったから気をつけろ
という標識がまだつけられていました。山歩きには、熊よけの鈴
はもはや必携品かもしれません。
横瀬駅へ帰るときにセメント工場のすぐ脇に山鳥の夫婦が出て
きました。こんな人里まで野鳥が出てくるとは。後数100mで
駅で観光客もあふれているのに、ちょっと外れればいのししや
山鳥や野鳥が見られるのです。これが里山なんでしょう。
タラの芽は、一回の食事分くらい取れたので、普通の山道に戻り
やがて車道に出て、それがどの道に出るのかそのまま歩いてみて
また頭の空白の地図を埋めました。
この土日は、花に誘われた人々があふれています。
そんな身動きも取れないような騒々しい時に、私は
近くの里山に昨日から出かけて山菜を取りに行きました。
山菜と言っても取るのはタラの芽のみです。
ただ、最近は山菜をとる人も増えたこととタラの芽の味を知った
人が増えたことで、山の天然物は中々手に入らなくなっています。
それに加えて、管理されている登山道やらハイキング道やら、別荘
開発が多く、ちょっと山に入っても舗装道路や人家があるのです。
ですから、すぐ裏山に入っていくらでも取れたなどということは
遠い昔の話で、地元の人でも料理屋とか飲み屋で料理されたものを
食べる方が多いのではないでしょうか。それだけとりづらくなって
います。
いつもは下旬になって出かけるのですが、今年は桜もいくらか
早いようですし、いつも走っている公園のタラの芽ももう大きく
なっていたので、今が取り時と思い出かけました。
ただ、昨日は最近行きたいところナンバーワンのいつも見える山、
二子山に行きました。二子山周辺は見たところ雑木林も多そうで
一度も行ったことのない地域だったので、タラの芽も収穫でき
そうだと思ったのです。
芦ヶ久保の道の駅に車を止め、ネットでみた登山案内のとおり、
道をたどると登山道はよく整備されており、こんな低い山に
登る人もいないだろうと思うと上から降りてくる人が何人かいて
今更中高年の登山ブームを思います。都会の裏庭として、誰
でも登れる山の需要は大きいものがあり、こんな低い山にも登りに
来るのです。
私など、生まれてから毎日目の前にしていて、一度も登ったことが
なく、いったいどこからどう登るのだろうとついこの間、実際に
どこから登るのか、どのくらい時間がかかるのか知ったばかりなのに
わざわざ遠くからこの山を目当てにしてくる人がいるとは。
最初は、山菜のありそうなところをきょろきょろとのろのろとうろつく
ような歩き方でしたが、整備された山道にまったく山菜のありそうな
雰囲気もなく、人造林の登山道がずっと続く道でした。こうなれば、
高度も上がりタラの芽をあきらめ、登山だけに集中することにします。
それまでゆったりと登っていたのですが途中から、下から登って来る
気配がして、なんだか追いかけられている感じを受け、普段ランニング
でも、こういうシチュエーションでは、いつもの競争心が湧き、抜かれ
まいとペースを上げます。ふと下を見るとさらにその老女の登山者の後ろに
トレイルランニングの若い男も現れ、こうなるとまったくペースを下げ
抜かせてやろうなどと思わないで、さらにそのまま登ります。
秩父の山は、こんな低山でも急峻なコースがあり、侮れません。
もうすぐ山頂というころ、山道は急になり、木にロープを巻きつけ
それを利用しないと登れないような斜面となりました。上から降りて
くる人がいて、少し道を譲り合っていたら下から来た、トレイルラン
男に抜かれてしまいました。かっこが防寒の時に穿くようなタイツ
を穿いていました。
しかも後ろが少しめくれて背中が出ている上に落ち葉のかけらがつく
という、なんとなくくたびれたようなイメージの人でした。何もこんな
走りづらいところを走ることもなさそうなものですが、雑誌などで
トレイルランのコースとしてよく秩父の低山は紹介されている影響
なのでしょう。
こんなシーンから八海山登山マラソンに誘われたのを思い出しました。
それよりこの登山の方が苦しいんじゃないかと思いました。たかだか
800Mほどの山ですが、見晴らしが良い訳でもなく、ただ林の中の山の斜面が
細く続くのみです。
それなのに人はなぜ山に登るでしょう。山頂についても低山では、木々が
邪魔して眺望がいいわけでも、景色がすばらしいわけでもありません。
山頂では、そんな林の狭いスペースにシートを敷いて昼を摂るグループが
何組かいました。
私はそれまでに手にしたタラの芽がひとつ。途中入っていけそうな
藪もありません。山菜のある雑木林や藪が目に付くこともなく、
結局上まで登って、そこで休むでもなく降りてしまいました。
長年憧れた地でありながら、いざ登ってみれば何のことはない、
憧れのゲレンデを次々訪れた時のあの感動すらないのです。
目当ての山菜がまったく取れなかったのもあるのでしょうが、
まったく落胆してしまいつまらない時間をとってしまったと
後悔しました。しかし、そのまま終わりにする気にもなれず、
また今日、山菜を取りにいきました。
今回は、登山などという目的でなく実用的な山菜を取るための
山入りです。この間偶然武甲山の登山口に駐車スペースがある
のを知り、今回はそれを利用して武甲山の下を探ってみようと
出かけました。
しかし、行ってみると他県ナンバーの車がびっしりと止まっていて
安心して止められるスペースに車が入れられません。
ならばと引き返して自宅に戻り、徒歩にて武甲山のふもとを探る
里山散歩に出かけました。
とはいえ、これは完全な藪漕ぎであり、人のはいらなそうな所を
見つけることは大変難しく、がけや藪といった人の近づかない
所へ足を踏み入れることになります。
タラの芽は、良く似た木の漆や、バラの茂みに守られています。
そして、日当たりがいいところの木は、3、4Mにもなり、取るのは
技術が入ります。昔はなたで切ってしまう人が多く、次の年は
取れないということもありました。
もともとタラの芽が出るのは、雑木林を切り開いたような植林地
であり、木を切り出した後などに良く取れたのです。最近では
新たな植林も切り出しもないので、取れる場所は年々少なくなる
感じです。とはいっても山は広いし、人が行かないところにある
のですから、まったく取れないということもないのです。
今日も一本見つけると次々に見つかりました。山の中はいのしし
の足跡だらけでした。それと熊の目撃情報があったから気をつけろ
という標識がまだつけられていました。山歩きには、熊よけの鈴
はもはや必携品かもしれません。
横瀬駅へ帰るときにセメント工場のすぐ脇に山鳥の夫婦が出て
きました。こんな人里まで野鳥が出てくるとは。後数100mで
駅で観光客もあふれているのに、ちょっと外れればいのししや
山鳥や野鳥が見られるのです。これが里山なんでしょう。
タラの芽は、一回の食事分くらい取れたので、普通の山道に戻り
やがて車道に出て、それがどの道に出るのかそのまま歩いてみて
また頭の空白の地図を埋めました。