ある重要な会議に招請された。
しかし、それまでに時間がある。映画を観る。
黒沢清監督『叫』。
黒沢の映画には、見終わった後、いつも澱のようなものが残る。それはいわば、起承転結のうちに収まりきれない余剰のようなものだ。
だから黒沢映画は評価を二分する。ひとつの物語に回収しようとする向きには、この余剰は手に負えない。一方、黒沢を評価する人たちは、その余剰こそが彼の映画だと思う。

この映画も、キャッチフレーズのホラーやミステリーを期待する向きには不満が残るものであろう。もっと恐いホラー、もっと凄い謎解きがゴマンとあるからだ。だから、私たちがこの映画で表現されたものに目をこらすとき、やはりその余剰にこそ注目すべきかも知れない。
一連の殺戮が描かれる。誰かが誰かを殺し、かつ殺されもする。私たちは、殺したり殺されたりする存在である。しかし、この映画が示唆するものは、そんな一般的な関係ではない。
要するに、私たちみんなが殺してきたものたち、それはもはや事件ですらなく、どちらかというと歴史に属するようなものであって、だからこそ、その記憶は失われ、ある時、ふとした出来事の断片のようにして回帰する。そして、それこそが真に恐ろしいのではあるまいか。記憶から失われた、得体の知れないものの回帰。

あの湾岸の埋め立て地、そこで滅びながらも回帰し湧き出る海水、それがキーワードのように何度も現れる。それは私たちが消費し尽くし、弔うことすらなく、放置してきたものたちの、物自体としての回帰ではないだろうか。
それらは、現代が常に自己更新を迫られ、脱皮し脱ぎ捨ててきたものの残滓ともいえよう。
そしてそれらが、弔われることもなく、ただうち捨てられるとしたら、亡霊となって回帰する以外はない。その叫びは、亡霊が、ただ亡霊としてホラーの世界に分類されてしまうことへの、極めて具体的な抗議に他ならない。
映画を見終わって、街に出ると、名古屋駅前の高層ビルラッシュを追いかけるようなスパイラル様のビル建設の現場にさしかかった。基本的には方形のビルが多い中、大胆なデザインではある。

それを横目に見ながら、私たちが「このようにあること」のうちで抹消してきたものたち、その「このようではない」ものたちへの思いを凝らすのであったが、それらは現実ではないのだからして、ただ亡霊のように私の想念のうちをつむじ風として旋回するほかないのであった。
*写真は最後のものの他は、イメージによるものです。
しかし、それまでに時間がある。映画を観る。
黒沢清監督『叫』。
黒沢の映画には、見終わった後、いつも澱のようなものが残る。それはいわば、起承転結のうちに収まりきれない余剰のようなものだ。
だから黒沢映画は評価を二分する。ひとつの物語に回収しようとする向きには、この余剰は手に負えない。一方、黒沢を評価する人たちは、その余剰こそが彼の映画だと思う。

この映画も、キャッチフレーズのホラーやミステリーを期待する向きには不満が残るものであろう。もっと恐いホラー、もっと凄い謎解きがゴマンとあるからだ。だから、私たちがこの映画で表現されたものに目をこらすとき、やはりその余剰にこそ注目すべきかも知れない。
一連の殺戮が描かれる。誰かが誰かを殺し、かつ殺されもする。私たちは、殺したり殺されたりする存在である。しかし、この映画が示唆するものは、そんな一般的な関係ではない。
要するに、私たちみんなが殺してきたものたち、それはもはや事件ですらなく、どちらかというと歴史に属するようなものであって、だからこそ、その記憶は失われ、ある時、ふとした出来事の断片のようにして回帰する。そして、それこそが真に恐ろしいのではあるまいか。記憶から失われた、得体の知れないものの回帰。

あの湾岸の埋め立て地、そこで滅びながらも回帰し湧き出る海水、それがキーワードのように何度も現れる。それは私たちが消費し尽くし、弔うことすらなく、放置してきたものたちの、物自体としての回帰ではないだろうか。
それらは、現代が常に自己更新を迫られ、脱皮し脱ぎ捨ててきたものの残滓ともいえよう。
そしてそれらが、弔われることもなく、ただうち捨てられるとしたら、亡霊となって回帰する以外はない。その叫びは、亡霊が、ただ亡霊としてホラーの世界に分類されてしまうことへの、極めて具体的な抗議に他ならない。
映画を見終わって、街に出ると、名古屋駅前の高層ビルラッシュを追いかけるようなスパイラル様のビル建設の現場にさしかかった。基本的には方形のビルが多い中、大胆なデザインではある。

それを横目に見ながら、私たちが「このようにあること」のうちで抹消してきたものたち、その「このようではない」ものたちへの思いを凝らすのであったが、それらは現実ではないのだからして、ただ亡霊のように私の想念のうちをつむじ風として旋回するほかないのであった。
*写真は最後のものの他は、イメージによるものです。