6月1日の熊本日日新聞夕刊の、コラムニスト佐野好古氏の一文が面白い。熊本城は築城400年を来年迎えるにあたり本丸御殿の工事が進んでいる。完成祝いに熊本市長は、加藤清正の年頭作法を再現しようとお考えらしい。その年頭作法についてである。「元旦に家臣が総登城し、位の順に清正に賽銭を投げて挨拶をし・・・」とある。そもそも賽銭とは、「神恩に報いる為に奉げる金銭」である。信長ではあるまいし、清正が自らを神などとは思っていなかっただろうが、この行事はどのような経過で発生したのだろうか。賽銭箱が何時の頃から登場したのか知らないが、賽銭箱に投ずるように、「チャリン、チャリン」と投げたのだろうか、興味あるなー。
下って細川時代ではどうであったのだろうか。投げはせずとも、何がしかの金を届けたという事を聞いたことがあるのだが・・・・
下って細川時代ではどうであったのだろうか。投げはせずとも、何がしかの金を届けたという事を聞いたことがあるのだが・・・・