細川家に関するいろんな研究論考を探す中で、大変ユニークなものを見出した。
「細川家史料に見る近世大名の「食」に関する一考察」である。(1)(2)があるようだが、(1)についてはWEB上では見出せない様である。
いやはや恐れ入ってしまうが、その情熱たるや尊敬に値する。この論考の主は八田茂樹氏、当時は熊本高等専門学校(旧電波高専)にお勤めであったようだ。
しみじみと拝見させていただいたが、研究もこういう切り口があるかと感心してしまった。
なかなかの献立で、三斎公は「痛風」持ちではなかったろうかと思わせるほどだ。
実は偶然の事だが、ご厚誼をいただいているサイト江津湖の水辺からの管理者・淡水魚の研究をされているHさんから、ある所で江津湖の魚類の写真展示をされるにあたり、私が以前ブログに書いた「江津湖の鮒ずし」を引用してよいかというお問い合わせを頂いた。
これは細川家の肥後入国後二か月ほどの話だが、忠利が江津湖のフナで近江仕様の鮒ずしをこしらえて、八代の父・三斎に送ったという記事を紹介したものだ。
改めて八田先生の論考を眺めていると、まさしく同じ内容の事が紹介されていて大いに嬉しくなってしまった。
なんとか(1)も拝見してみたいし、手に入れたいとも思っているがさて・・・
私的には「イグノーベル賞」ものだなと思っている。