Sightsong

自縄自縛日記

何平『双旗鎮刀客』

2010-07-18 23:51:21 | 中国・台湾

北京で買ってきたDVD、何平『双旗鎮刀客』(1990年)を観る。13元(170円位)だった。

中国マカロニ・ウェスタンという雰囲気の作品で、新疆ウイグル自治区あたりのロケだろうか。荒野の中の悪辣な男たちに支配された街も、命惜しさに身を潜める住人たちも、調子の良い愉快な男も、お約束である。勿論お約束だから愉しいのだ。

主役の少年は、亡くなった父親が友人と約束したのだという、結婚相手を探している。その友人は片足が不自由で、娘の尻にはほくろがある。少年は気弱だが、カンフーと剣術を習得しており、両足には常に剣を差している。その少年が凄みを見せるのはわずか3回。斧でもさばくのに苦労する枝肉を剣で真っ二つにするシーン、結婚相手の娘が襲われそうになったときに悪人を倒すシーン、そして復讐に現れた悪人との対決シーン。

しかし、チャンバラはない。二番目のシーンは一瞬であるし、三番目の決闘シーンなどは砂嵐で見えない。それを補って余りある緊張感が、演出から生まれている。何と決闘を前にして、少年は手を震わせ、身体を動かすことができない。酔っ払いに頭から酒をかけられる有様なのだ。もっとも、これもお約束であって、何かが起きて少年が勝つことはわかっている。

いまどきのワイヤーアクションも好きだが、このように抑えた緊張感がある演出も捨てがたい。


スラヴォイ・ジジェク『ポストモダンの共産主義―はじめは悲劇として、二度目は笑劇として』

2010-07-18 03:03:04 | 政治

スラヴォイ・ジジェク『ポストモダンの共産主義―はじめは悲劇として、二度目は笑劇として』(ちくま新書、原著2009年)を読む。

数日前に読了していたのだが、さてこの取りとめのない書をどう受け止めるべきかと考え、頁を行きつ戻りつしていた。饒舌で、ああ言えばこう言う、頭がまとまらないオッサンである。時に意を決して結論めいたものを提示してみるが、これがまた妙にナイーヴで、しかもさっき言っていたことと違うじゃん、オッサン!酔っぱらいの戯言か?オビにある「知の巨人」なんてとんでもない、お笑いだ。しかし滅法面白いのだ。頭を混ぜっ返すさせるにはもってこいの書である。

「はじめて意味を解体した社会・経済制度」である、グローバル資本主義という化け物をどう捉えるか。大きな経済主体が経済を駆動し、その利益が小さい主体にポタポタと配分されるとする「トリクルダウン」論―――キャッチーに言えば新自由主義なり小泉・竹中流なりということになるのだろう。ジジェクは、これに批判的な左派のそもそもの経済的な理解を物足りない(これは本当だ)とする一方、実際にはトリクルダウンどころか下の者が上の者を支える制度に過ぎないと喝破する。しかし、脆弱でありながら崩壊しないこの化け物は、はみ出したものをすべて呑み込み、また自己を駆動する。その意味で、アントニオ・ネグリの言う<マルチチュード>は、グローバル資本主義が呑み込む価値のひとつに過ぎないとする。

(社会保障などの)<埋め込み>を重視する社会主義、リベラル民主主義はどうか。これにもジジェクはダメ出しをする。旧来の社会主義は社会・経済を駆動する力を持たず、何かに寄生しなければ成立しえず、<排除される者>やグローバル資本主義を清濁併せ呑む度量もない、と言いたいのだろう(そのため、ネグリの最近の著作『Goodbye, Mr. Socialism』(邦題『未来派左翼』)のタイトルに賛意を表している)。

しかしその一方で、環境や農業や水などのコモンズの<埋め込み>を熱心に説いているのである。地球温暖化問題が市場の失敗であった、これはまあ正しいとして、その返す刀が<埋め込み>だけだというのは余りにも薄っぺらで、環境経済に対する理解が皆無だということがわかる。環境だけではなく、あちこちにおかしな意見が散りばめられている。たとえば、ボリビアのエボ・モラレス政権に対する批判も的を射ていない。

それでは何を目指せばいいのか。これがナイーヴ過ぎるためか、形を変えてちょっとずつ囁いている。イデオロギーとして信じないけれども巧くいくことがわかっているグローバル資本主義などではなく、歴史の裂け目が生じることを信じて、コミュニズムの原点から何度も出発すること。グローバル資本主義の<無秩序>に対して<新たな秩序>を構築すること。国家の外からではなく国家の中にあって、非国家的なものを志向すること。<排除される者>を基盤とした政策を採るのではなく(これがモラレス批判のひとつ)、すべてを包摂すること。

「信じることさ」なんて余りにも能天気な。

●参照
スラヴォイ・ジジェク『ロベスピエール/毛沢東』
アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(上)
アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(下)