オリヴィエ・アサイヤス『カルロス』(2010年)を観る。三部構成、339分にも及ぶ大作である(DVDは付録を含め4枚組)。
カルロスは自ら名付けたコード名。実在のテロリストである。かく言うわたしも、1994年に逮捕された際に、新聞紙面ではじめてその存在を知った。
映画は、まだ20歳そこそこの時期に、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)に参加するところから始まる。指導者は、若造が何を生意気なことをぬかすといった態度で応じたが、カルロスは、有言実行を自らに課し、次第にその世界でのスーパースターと化していった。
なるべく歴史的事実に沿って作ったという謳い文句の通り、さまざまなメンバーやグループが登場する。
パリでは、日本赤軍が起こした銀行襲撃による仲間の釈放要求とハイジャック事件をサポートする(実際には合流するはずが、赤軍メンバーが道に迷って、できなかった)。若松孝二『赤軍-PFLP世界戦争宣言』(1971年)という映画に記録されているように、当時、日本赤軍とPFLPとは協力関係にあった。しかし、カルロスは、OPEC本部襲撃事件において、指令にあった暗殺ではなく身代金を選んだことで、PFLPを追放される。
その後、ドイツ革命細胞のメンバーと結婚し、バスク祖国と自由にも武器を提供する。活動の舞台はヨーロッパと中東である。東欧では、東ドイツ(シュタージ)やハンガリーやルーマニアと相互協力関係を築くが、やがて、危険すぎると疎まれ、ベルリンの壁崩壊(1989年)に象徴される東西冷戦の終結とともに拠点を失うことになる。そして、シリアやレバノンさえにも、彼の居場所はなくなった。
シリアにおいて立ち退き通告をされた際に、仲間(ドイツ革命細胞)が自虐的に言う台詞が印象深い。「お前はもう、historical curiosityになるんだよ!」と。その通り、カルロスはもはや存在意義を失い、逃げるように移住したスーダンでは、民族イスラーム戦線に「phantom」という渾名で呼ばれる有様。そして、シリアやスーダンは西側を向き、手術中に逮捕されたカルロスはフランスへと護送される。現在、終身刑服役中。
カルロスは、チェ・ゲバラを信奉し、まっすぐに社会主義や反帝国主義を希求する男として描かれている。極めて人間的で、女好き・酒好きで、かつ、冷静で冷淡という人物像である。勿論、如何に高邁な理想を掲げたとはいえ、爆弾テロなどによって罪のない人びとを殺したテロリストに過ぎない。
しかし、あえてこのように描いたアサイヤスの目に好感を抱いた。支配の形態や構造的な矛盾を正視することなく、トートロジーのように「テロとの戦い」を標榜する西側のポリシーに対する、アンチテーゼのようにも思えたのだ。
また、カルロスをバックアップした、サダム・フセインやカダフィ大佐の姿を映画に登場させない方針も、成功している。そうしていたなら、オリバー・ストーンが手掛けるような下品なスペクタクルに堕していたところだ。
数十年の移り変わりを見ていると、テロという手法の座る場所が、次第に遷移してきたのだという印象を受ける。それは東西冷戦とその終結という要因だけで語ることができるものではないだろう。