大島堅一『原発のコスト ― エネルギー転換への視点』(岩波新書、2011年)を読む。
東日本大震災が起きるまで、原発の「安全神話」に疑いの目を向ける人は多くいたが、「原発は安い」ということを疑う人は極めて少なかった(いない、に近かった)。少なくとも、政府発表の発電コストが、議論の大前提として使われていたのは事実である。わたしもそうであり、その数字を使ったこともある。
2010年の『エネルギー白書』によれば、原子力の発電コストは5-6円/kWh。これはLNG火力の7-8円/kWh、大規模水力の8-13円/kWhより安く、従来型エネルギーよりもコスト上優位だという根拠となっていた。勿論、再生可能エネルギーとなると、風力(大規模)10-14円/kWh、地熱8-22円/kWh、太陽光49円/kWhと、コストだけでは勝負にならないことが明示されたものだった。さらには、再生可能エネルギーは出力変動が激しく使いにくい電源であることも相まって、導入が進まなかったわけである。RPS法(2002年)も、さほどの推進力を持たなかった。
ところが、著者によると、原子力の発電コストは、実態を反映したものではない。大震災直後、著者の発言を目にしたときには驚いた。(この段階で、急遽、『これでいいのか福島原発事故報道』(>> リンク)にも反映した。)
本書では、発電に直接要するコストをより実態的な想定に基づいて計算し、さらに、政策コスト(研究開発、立地対策)を加えている。後者を考慮することは確かに必須だ。核燃料サイクルの研究開発も、用地買収やそのための現地工作も、原発そのものが成り立たない類の活動だからである。
それによると、原発の直接発電コストは8.53円/kWh、政策コストは1.72円/kWh、合計10.25円。このコストは、同様に計算された火力(9.91円/kWh)や一般水力(3.91円/kWh)よりも高い。
原発のコストはそれだけではない。事故が起きたときの想定に加え、核燃料の使用後に生じるバックエンドコストも莫大である。政府試算ではバックエンド事業(六ヶ所村の事業も当然含まれる)の総費用は18兆8000億円。しかし著者によれば、実態を反映するなら、それは数倍に跳ね上がるだろうという。今回、上の発電コストに積み上げる示し方はなされていないが(10.25 円/kWhにさらに上乗せ)、確実な試算をすれば、コスト優位は完全に消えてしまうことだろう。
実際に、不確実なバックエンド費用の評価結果は年々上がり続け、1970年代からの30年間に当初想定の10倍以上となっている(山地憲治『原子力の過去・現在・未来―原子力の復権はあるか―』)。
なお、政府公表値(5.3円/kWh)に占めるバックエンド費用は、これまで15%程度とされてきた。その部分が、膨れ上がるということである。仮に5.3円/kWh×15%×数倍だとすれば、2-3円/kWh程度にはなる。5.3円/kWhと比較すべきは、10.25 円/kWh+2-3円/kWh=12-13円/kWhということであり、従来値の2-3倍だということになる。古賀茂明氏は、最近、11-17円/kWhだと発言しているという。
これまでの常識はなんだったのか。あらためて、大変な脱力感を覚える。
●参照(原子力)
○小野善康『エネルギー転換の経済効果』
○『活断層と原発、そして廃炉 アメリカ、ドイツ、日本の選択』
○『これでいいのか福島原発事故報道』
○鎌田慧『六ヶ所村の記録』
○『核分裂過程』、六ヶ所村関連の講演(菊川慶子、鎌田慧、鎌仲ひとみ)
○『原発ゴミは「負の遺産」―最終処分場のゆくえ3』
○使用済み核燃料
○山本義隆『福島の原発事故をめぐって』
○開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』
○高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』、脱原発テント
○前田哲男『フクシマと沖縄』
○原科幸彦『環境アセスメントとは何か』
○『科学』と『現代思想』の原発特集
○石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』
○今井一『「原発」国民投票』
○『大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話』、新藤兼人『第五福竜丸』
○有馬哲夫『原発・正力・CIA』
○黒木和雄『原子力戦争』
○福島原発の宣伝映画『黎明』、『福島の原子力』
○東海第一原発の宣伝映画『原子力発電の夜明け』
○『伊方原発 問われる“安全神話”』
○長島と祝島
○長島と祝島(2) 練塀の島、祝島
○長島と祝島(3) 祝島の高台から原発予定地を視る
○長島と祝島(4) 長島の山道を歩く
○既視感のある暴力 山口県、上関町
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』
○1996年の祝島の神舞 『いつか 心ひとつに』
○纐纈あや『祝の島』