ジャッキー・マクリーン『Let Freedom Ring』(Blue Note、1962年)は有名ではあるが、代表作のように捉えられることは多くない。しかし、マクリーンの声としか言いようのないアルトサックスも、時に迸り出る情熱のようなものもあって、好きな盤である。何度聴いたかわからない。
みみずのようだが、旧ブルーノート東京で貰ったマクリーンのサインである。
この作品に賭けたマクリーンの想いは、珍しく本人が書いたライナーノートで感じ取ることができる。モンク、バード、ディズ、ローチ、ミンガス、バド、マイルス、ブレイキーら先輩たちへのリスペクトを述べつつ、彼らの切り拓いてきた文字通り新しい音楽・ジャズのことを考える。そして50年代後半の袋小路を経て辿り着くのは、他ならぬ個性であり、エモーションであり、自分の肉声であった。批判に晒されながらも風の中を立ち続けるオーネット・コールマンへの共感もあった。チャールス・ミンガスは、いつも、「ジャッキー、おまえにはおまえの音がある。なら、なんでお前自身のアイデアを探さないんだ?」と言っていたという。
そして、ビリー・ホリデイの晩年の声について、「かつての声の影に過ぎなかった」「彼女の歌声は失われ、唯一の表現手段としてエモーションが残った」とも綴っている。これは少なからず感動的な独白だ。
「I feel that emotion has taken an important step in expression on the horn. Emotion has always been present, but today it has a new importance. Towards the end of Lady Day's career, her voice was just a shadow of what it had been, yet she still put a song over; her singing voice was gone, leaving emotion her only tool of expression.」
ビリー・ホリデイがかつて歌っていた「Left Alone」は記録が残されていない。歌伴を務めていたマル・ウォルドロンのピアノとともに肉声であるかのようにマクリーンがアルトサックスで吹いた演奏が有名であり、ジャズ好きで聴いたことのない者はいない。このエモーションは1960年、ビリーの亡くなった翌年である。
1995年、新宿ピットインでマルにサインを貰った。オウム真理教が新宿で毒物を撒くというデマが流れた日だった。
そして『Let Freedom Ring』のタイトル、「自由の鐘を鳴らせ」は、キング牧師が黒人の公民権を求めて何度も使っていたフレーズであった。演説「I have a dream」は『Let Freedom Ring』吹き込みの翌年、まさに社会もマクリーンの個人史も大きな奔流のなかにあった。だからといって、この盤を歴史のなかに封じ込めるべきではない。
聴いて印象的な点は、これまでの殻を打ち破るかのようにハイトーンを果敢に使うこと。そして、マクリーンの個性としか言いようのないアルトサックスの声もエモーションも嫌というほど詰め込まれていること。なかでも好きな演奏は、バド・パウエルの曲「I'll Keep Loving You」であり、感情を迸らせるアタックも、切ない終わり方も、他人には真似ができない世界だろう。この曲は、他には、バドの『Jazz Giant』におけるピアノソロしか聴いたことがないのだが、調べてみると、バリー・ハリスやマルグリュー・ミラーの演奏も聴くことができそうだ(失望したらイヤだな)。
ところで3曲目の「Rene」は、息子ルネ・マクリーンに捧げた曲であり、このころアルトを勉強していたという。偉大な親父とはまた違った個性があって好きなサックス奏者だが、最近は何をしているんだろう。確か村上春樹のエッセイでも、マクリーンの田舎で、タクシー運転手とルネのことを話すエピソードがあった。
●参照
○ジャッキー・マクリーンのブルージーな盤
○マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』