しっとりした朝のサンシュユ
日がな一日、春休み中の孫と遊ぶ。春らしい陽に誘われ、午前中は庭で遊ぶ日課だ。
10時を廻ると、庭にシートを敷き、テーブル、座布団を出してお茶の時間になる。孫たちと妻と愛犬ラックとの、毎日ののどかなひとときになっている。
傍らのバードテーブルにはヒヨドリが来ている。
良寛は「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と解釈して、子ども達と遊ぶことを好み、かくれんぼや、手毬をついたりしてよく遊んだという。
「この里に 手毬つきつつ 子供らと 遊ぶ春日は 暮れずともよし」と詠っている。私も同じ心境で、こんな一日一日でいいと思っている。
また、「人の子の 遊ぶを見れば にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも」という歌を見つけた。小学生になる武琉君、年中になる萌香ちゃんの遊ぶ姿を傍観しながら,時に複雑な思いが込み上げて来ることがある。けなげに遊ぶ子供らに幸あれと願う。
4月の始まり、今朝ははしっとりした雨降りだ。庭の温度計は4度、しばらくぶりに温かい朝を迎えた。昨日は、6日に入学を控える孫を連れて、小学校までの通学路を歩いた。集団登校だが、一度練習だ。約1キロほどあるか、ばーちゃんは「ちょろちょろするな」などいろいろ注意をしながら学校まで行った。

【子どもたちも卒業した小学校から 磐梯山】
それぞれに新しい生活が始まる早春の庭に、静かに流れる時を実感している。

10時を廻ると、庭にシートを敷き、テーブル、座布団を出してお茶の時間になる。孫たちと妻と愛犬ラックとの、毎日ののどかなひとときになっている。
傍らのバードテーブルにはヒヨドリが来ている。
良寛は「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と解釈して、子ども達と遊ぶことを好み、かくれんぼや、手毬をついたりしてよく遊んだという。
「この里に 手毬つきつつ 子供らと 遊ぶ春日は 暮れずともよし」と詠っている。私も同じ心境で、こんな一日一日でいいと思っている。
また、「人の子の 遊ぶを見れば にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも」という歌を見つけた。小学生になる武琉君、年中になる萌香ちゃんの遊ぶ姿を傍観しながら,時に複雑な思いが込み上げて来ることがある。けなげに遊ぶ子供らに幸あれと願う。
4月の始まり、今朝ははしっとりした雨降りだ。庭の温度計は4度、しばらくぶりに温かい朝を迎えた。昨日は、6日に入学を控える孫を連れて、小学校までの通学路を歩いた。集団登校だが、一度練習だ。約1キロほどあるか、ばーちゃんは「ちょろちょろするな」などいろいろ注意をしながら学校まで行った。

【子どもたちも卒業した小学校から 磐梯山】
それぞれに新しい生活が始まる早春の庭に、静かに流れる時を実感している。