都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
江戸時代の俳人・松尾芭蕉に、「閑さや岩にしみいる蝉の声」という句があります。「なんと静かになんだ。蝉の鳴き声しか聞こえない。かえって静けさがつのるように感じられる。蝉の声は、まるで岩々にしみこんでいるように静かだ。」というところでしょうか。
私が現在地に越してきた頃は、柏林がいくつもあって、夏になると蝉の声がジージー聞こえていました。蝦夷クマゼミという蝉です。
まだ住宅もまばらで、うるさいほど鳴いていました。車の往来もなく、蝉の声だけが聞こえていました。休日の午後、その声を聞きながら昼寝をすると、うるさいはずの蝉の声が何故か静けさを誘い、いつの間にか寝込んでいたのを思い出します。
私が子供の頃、蝉の抜け殻のことを「ドンチ」と呼んでいましたが、これは北海道だけでしょうか。十勝だけでしょうか。朝、柏林に行くと、草や木の1m前後のところに「ドンチ」がたくさん地中から這い出して、脱皮をしている姿が見られました。背中が割れて白い透明な蝉が抜け出して、折畳まれた羽が少しずつ伸びていきます。やがて、透明だった蝉に色がつき羽がピーンと伸びて、やっと成虫になります。
地中で6~7年暮らし、地上に出てきて、ゆっくりと時間をかけて成虫になり、1週間ほどで、その生涯を終えるといわれます。そう思うと必死に声を張り上げ、メスを誘っているオスが気の毒に思えてなりません。
最近、蝉の声を聞きません。道路の拡幅とか、倒木の恐れがあると柏の木が切り倒されました。蝉の生息する環境が消えてしまったのです。
夏休みになっても、子どもたちは蝉を捕ることさえ知りません。こんな小さな環境破壊が、地球温暖化に繋がっているのかも知れません。
松尾芭蕉:寛永21年(1664年)~元禄7年10月12日(1694年11月28日)は現在の三重県伊賀市出身の江戸時代前期の俳諧師。
したっけ。