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「紅一点」といえば、男性多数の中に女性一人が混じっている様子です。もち ろん女性を花に例えたもので、もともとは草原の中に花一輪が咲いている情景を表したものです。
ところで、この紅一点の花は何だったのでしょうか。
「立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合(ゆり)の花」といいますから、女性に例えられる赤い花は芍薬か牡丹だろうと思うかもしれませんが、この花は、実は石榴(ざくろ)の花なのです。
何故それが分かるかといえば、この言葉は宋代(960年~1279年)の詩人王安石(おうあんせき)の「石榴詩」が出典になっているからです。
万緑叢中紅一点 万緑の叢中(そうちゅう:草むらの中)紅一点
動人春色不須多 人を動かすに春色多く用いず
一面の緑の草原に一つだけ赤い花が咲いている。春の景色はこれだけで人を感動させてしまう、といった意味です。
石榴(ざくろ)は、中国をはじめ世界中で広く栽培されています。深紅色の実をつけ、花は赤、白、赤白など、いろいろあるようです。日本で はもっぱら観賞用ですが、中国やヨーロッパでは、おもに食用として栽培されます。
石榴(ざくろ)の実を食べると口の中が真っ赤になりますが、そこからこういう話があります。
昔、鬼子母神が赤子を食べて人に迷惑をかけている、という訴えを聞いた仏 陀(ぶっだ)が、鬼子母神に石榴(ざくろ)を与え、赤子を食べたくなったらこれを食べて、赤子を食べたつもりになりなさいと諭しました。
その後、鬼子母神が赤子をとって食うことはなくなったということです。
したっけ。