都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
長年使ってきた物や体が調子悪くなることを「がたがくる」といいます。調子が悪く、不安定なさま、落ち着きの悪いさまを「がたつく」ともいいます。
どこかに隙間が出来たり、ねじが緩んできたりして、機能が落ちている様子が、この一言で表されています。
「がた」とは体や物(主に道具や機械)が壊れかかっているさまを表す言葉で、「ガタガタ」という形でも使われます。
「ガタガタ言うんじゃないよ」などとも使われますから、若者の造語のようにも聞こえます。
「ガタガタ」という音から派生した俗語であると解説している場合があります。
しかし、この「がた」は、地震でおきるような「ガタガタ」という音から来ている言葉ではないそうです。
実は「仏教用語」に由来しているのです。
がた‐ひし【我他彼×此】
仏語。自分と他人、あれとこれと、物事が対立して決着しないこと。
大辞泉
「我」と、「他」と、「彼」と、「此」が調和できずに存在している状況を言うのだそうです。
仏教で、「自分と他人」や、「あれとこれ」というように、物事を対立してとらえる教えのことで、これを「我他彼此の見」というそうです。
そこからさまざまな衝突や摩擦が生じて、円滑を欠く状態となるのです。
「がた」は、「我他彼此(がたひし)」の「我他(がた)」なのです。要するに「我」と「他」がうまくいかな状況なのです。ここから、ばらばらになって壊れかかっている状態を「がたがきた」というようになったそうです。
仏教は「此あるが故に彼あり」というように、相互関係を重視した教えだそうです。
十二因縁 (十二支縁起の法)
「即ち、此れあるとき彼れ有り。此れ無きとき彼れなし。此れ生ずることにより、彼生じ、此れ滅することにより彼れ滅す。と。無明を縁としての行あり。行を縁として識あり。識を縁として名色あり。名色を縁として六処あり。六処を縁として蝕あり。蝕を縁として受あり。受を縁として渇愛あり。渇愛を縁として取あり。取を縁として有あり。有を縁として生あり。生を縁として老死愁悲苦憂悩あり。かくのごときが純大苦蘊の集起なり。」
どうです。「ガタガタ」言っている場合じゃありません。ありがたい教えなのですから・・・。
したっけ。