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団塊オヤジの短編小説goo
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小説・『人魚を食った女』
2012-10-15 10:50:53
|
短編小説
都月満夫
遠い昔、中大兄皇子様が中臣鎌足様らとともに、蘇我氏を打ち倒し、孝徳天皇様を即位されました。それから十年後、白雉五年(六五四年)のことでございます。
若狭国といいますから、今の福井県小浜という漁村に、一人の女の子が生まれました。その名を千代と申します。
その女の子が、十八歳になった頃のことから、お話しすることにいたします。
ある漁師の地引網に、二尺ほどと言いますから、今でいう六、七十センチメートルくらいの、異様な姿をした、不思議な獲物がかかったのでございます。
濡れた毛髪は、馬の尾のように黒く光っていて、肩や胸のあたりは、まるで羽二重の絹のように、白く美しい肌でございました。
その顔は十七、八の美しい娘のようでございました。しかし、その腰あたりは、金色の産毛に覆われておりました。腰から下は銀の鱗に覆われた魚の尾のようでございました。
鱗は匙を肌の内側から突き出したようで、一枚一枚にも金色の産毛が生えていて、輪郭がぼやけるほどに輝いておりました。
初めのうち、その異様な生き物は、赤子のような声で泣いていたのでございます。
「もしや…、これが、噂に聞く人魚?」
漁師はその美しさに我を忘れ、呆然としていたのでございます。
半時といいますから、今の一時間ほど経ったころでございます。どこからともなく、甘い香りが立ち込めてまいりました。
どうやら、その香りは、人魚らしき獲物から、立ち上っていたようでございました。
ふと、我に返った漁師が、人魚らしき異形の生き物の胸に耳をあててみると、既に、事切れておりました。
漁師は、慌てて仲間を呼び、大勢が取り囲んで思案を始めたのでございます。
「これは何だ。どうしたらいい…」
「何か祟りでもあるのではないか…」
「どこかへお祭りして供養したほうがいいのではないか…」
いつまで経っても、話は一向に収まらなかったのでございます。
すると、話を聞いていた長老が進み出て言ったのでございます。
「わしの聞くところによれば、これは人魚のようじゃ。人魚の肉は、非常に美味だという話を聞いたことがある。どうだ、これを肴に宴(うたげ)を催そうではないか…」
祟りを恐れていた漁師たちは、ひそひそと話し合っていたのでございます。
しかし、確かに、誰もがその甘い香りに、食欲をそそられていたのでございます。
もちろん、その長老も、本物の人魚を目にするのは初めてでございました。
それが、美味だというのも、小耳に挟んだ程度の話でしかございませんでした。それでも、宴を催してみようと思うくらい、食欲をそそられる匂いだったのでございます。
長老の家で開かれた宴には、村の長者も招かれたのでございます。
長者の名は、高橋権太夫(たかはしごんだゆう)といいます。海に面したこの村で、唐の国との貿易を手広くこなして、たいそう裕福な暮らしをしていたのでございます。
南蛮の珍品や珍味などを、幾度となく目にしたり、口にしたりしていた権太夫ならば、知っているかもしれないと考えたのでございます。しかし、そんな男でさえ、人魚を見たことがなかったのでした。
宴は、村の男たち総出で行われ、鯛や平目のほか、山の幸もふんだんに用意され、それは盛大なものであったそうでございます。
お酒が入るにつれ、宴は盛り上がってきました。しかし、お造りのように、一切れずつ美しく盛り付けられた、あの人魚の肉には、誰も手をつけなかったのでございます。
口に出す者はおりませんでしたが、どうしても、あの美しい、娘のような顔を思い出してしまい、とても「魚」とは思えなかったのでございます。
結局、最後まで誰一人手をつけないまま、宴はおひらきとなったのでございます。
しかし、長老はこのまま人魚の肉を置いていかれても困りますから、とりあえず紙に包んで、一人少量ずつ持ち帰って貰うことにいたしました。
高橋の長者も、一包み貰って、家路につきますが、帰り道で思い出すのは、あの美しい人魚の顔形ばかりでございました。
その顔形、姿を思い出せば、とても、肉を口にする気分にはならなかったのはいうまでもございません。
権太夫は、気持ちが沈んだままで家にたどりつくと、隠れるように自分の部屋に入り、戸棚に包みを隠したのでございます。
しかし、部屋にいても、そわそわと落ち着きません。その香りに気持ちが負けそうになっては、食べるのを思いとどまるのに必死でございました。
権太夫は気分を変えようと、風呂に入いることにいたしました。
権太夫が風呂へ向かったのと入れ違いに、部屋の前を通りかかったのが、権太夫の一人娘千代でございます。十八歳になったばかりの娘盛りでございました。
すると、父親の部屋から漂い出てくる、甘い香りに気づいたのでございます。
「あら、なんだかいい匂いがするわ。お父様は何をお持ち帰りになったのでしょう」
気になって仕方がない千代は、まだしばらくは父親が風呂に入っていることを確認し、そっと部屋へ忍び込んだのでございます。
部屋の外を通っただけで、その香りに気づくほどですから、中に入れば、それが、どこから香ってくるのかは、即座に見当がついたのでございます。
千代は、ただただ興味本位で、戸棚を開けました。包みを取り出し、中を覗き込むと、それは透き通るように白い肉だったのでございます。
「あら、いったい何の肉かしら?」
その甘い香りは、千代の食欲を抑えきれるものではございませんでした。食べたくて、食べたくて仕方がございません。
「お父様が大切に持ち帰られたお肉を食べては叱られる…」
そう思いましたが、とうとう、堪え切れなくなってしまったのでございます。
「一切れだけなら…」
と口に入れると、それは舌の上でとろけるような美味しさでございました。その美味しさはあっさりした中にもこくと旨みが凝縮されたものでございました。
それは、牛の乳を煮詰めた「蘇(そ)」よりも、甘くまろやかでございました。
一切れ食べたら、もう一切れ、もう一切れと止まらなくなり、とうとう千代は全部食べてしまったのでございます。
千代は叱られることを覚悟で、空の包みを戸棚に戻したのでございます。
風呂から上がった権太夫は、肉が無くなっているのに気づきました。そして、慌てて娘を呼んだのでございます。
「千代、ここにあった肉を食べたのはそなたか?」
「はい、お父様。良い香りに誘われてついつい…。とても美味で御座いましたゆえ…。申し訳ないことをいたしました」
「ああ…、美味であったか。よいよい。そんなことより大事無いか? 腹などは痛くないか? 気分はどうじゃ? 何かあったらすぐにしらせるのじゃ。よいな…」
権太夫は叱るどころではございませんでした。人魚の肉を食べた一人娘が、どうかなってしまうのではないかと、心配でたまらなかったのでございます。
不安は的中しました。その日を境に、千代の様子が一変したのでございます。
翌朝、朝餉(あさげ)の用意がされた部屋に千代が現れ、いつものように膳の前に座ったのでございます。その姿を見た権太夫夫妻は目を疑い、驚きのあまり、仰け反ってしまったのでございます。
娘の肌は光輝いているような、そこはかとない美しさでございました。
もちろん、もともと器量のよい娘ではありました。しかし、それは顔形ではなく、それまでとはまったく違う、不思議な輝きに満ちていたのでございます。
まさに、人を虜にするような魅力とは、こういうことなのでございましょう。
権太夫は、昨日の人魚の、羽二重のような肌を思い出しました。あの人魚が生き返って目の前にいるような驚きでございました。
もちろん、人魚のことは、誰にも話すわけにはまいりません。
その後、あの宴に集まった男たちも、誰一人として、人魚のことを口にする者はいなかったのでございます。もちろん、食べたと言う者など居りませんでした。
そんな、見る者を虜にする千代の評判は、またたく間に近隣の村々に広がったのでございます。やがて、それを聞きつけた遠方の村からも、縁談の話が舞い込むようになったのでございます。
こうして、千代は数多くの縁談の中から、何度も家来を使いによこす、隣村の領主、大内弘幸の跡取り息子弘世(ひろよ)と結婚することとなったのでございます。
嫁入りの日は、それこそ、小浜の村では見た事もないような数の馬、見た事もないような煌びやかなお道具と、大勢の従者が権太夫の屋敷に千代を迎えに来たのでございます。
こうして、千代は願ってもない夫のもとへ花嫁として向かったのでございます。
弘世は、やさしい人で、千代をこよなく愛してくれたのでございます。それは、常軌を逸するほどの愛され方でございました。
千代は、乙女のような容姿とは裏腹に、寝間での営みでは、遊行女婦(うかれめ)のように大胆に夫を受け入れたのでございます。
弘世の手が懐に落ちると、千代の背中を、得も知れない衝撃が、稲夫(いなずま)のように走るのでございます。千代は獣のような声を発し、臍(ほぞ)の奥から熱いものが全身に広がるのを感じるのでございました。身体中が燃えるようでございました。
千代の白い肌は、見る見るうちに、桜色に染まっていくのでございます。
熱いしぶきがほとばしる頃には、あの甘い香りが寝間いっぱいに漂うのでございます。
その頃の殿方は、他所にも情を交わす女性がいるのが当たり前でございました。
しかし、千代を妻に迎えてから、弘世は他の女性では満足できなくなってしまったのでございます。
夜毎、弘世の求めに応じる千代でございましたが、まったく疲れる様子はございませんでした。むしろ、その瑞々しさが増すようでございました。
日毎に美しくなっていく千代に反して、弘世の方は、日を追うごとに痩せ衰え、まるで生気がなくなっていったのでございます。
やがて、一年ほどで、弘世は腎虚を患い、衰弱死してしまったのでございます。
夫を亡くした千代は、泣く泣く、実家に戻るほかございませんでした。
気落ちして実家にこもってしまった千代でしたが、千代が戻ったという噂は、たちまち村々に広がってしまったのでございます。
そんな魅力的な千代でございますから、千代の心情などお構いなしに、次々に縁談が持ち込まれたのでございます。
父権太夫は、持ち込まれる縁談を断ることに必死でございました。
その後一年ほど経ち、前夫の悲しみも癒ない千代ではありましたが、とうとう断りきれずに、二度目の結婚をしたのでございます。
もちろん、今回も、夫は彼女を愛してくれました。千代も弘世のことを忘れるほどに、とても幸せな毎日でございました。
しかし、二度目の夫も、やはり一年ほど経つと、老人のような姿になって死んでしまったのでございます。
その後、三度目も、四度目も同じように、夫は一、二年の内に骨と皮だけの枯れ木のような姿で、死んでしまったのでございます。
やがて、小浜周辺の村々の間で、噂が囁かれるようになったのでございます。
「あの千代という娘は、男を食らう鬼女じゃないのか…」
「あの娘の正体は、夫を死に追いやる女狐だ」
「男の精気を吸い取る物の怪だ」
「死霊だ」
「妖怪だ」
噂とともに縁談はぴたりと来なくなったのでございます。
あの初々しかった一度目の結婚の時から、四度目を終えた今まで、何年もの時が過ぎているはずなのに、自分の顔は相変わらずあの娘盛りの頃のままだったのでございます。
もちろん、肌も十七、八の瑞々しさのままでございました。
「お千代さんは、いつまでも若々しくて羨ましいね」
近所の女たちは、口々に言いますが、本心は気味が悪いと思っていたのでございます。
その頃になると、千代自身も、自分が回りの人間と違うと思い始めたのでございます。
歳をとっても、若々しいというのとは違います。四度も結婚生活を続けていく中で、普通は奥さんらしいというか、大人の女へと変化していくはずです。しかし、千代には、そんな様子がまったくないのでございます。
千代は、自分自身の中に、なにやら得体の知れない恐ろしいものが、棲み付いているのではないかと不安を感じ、思い悩みはじめたのでございます。
それが何なのか、何故このようなことになったのか、千代は知るはずもございません。
父権太夫も、「あの人魚の肉のせいではないか…」と思いましたが、千代に言うことはできなかったのでございます。
そして、数ヶ月も悩んだ末、千代は一大決心をしたのでございます。
「殿方との情交を一切絶つことにいたしましょう。比丘尼となって、全国行脚して身を清めれば、何か道が開けるかも知れない。出家するしか道はない…」
ある霧の朝でございました。千代は両親には何も告げず、霧の中へと歩いて、家を出ていったのでございます。
霧は深く、一寸先も見えぬほどでございました。千代はこの霧は、自分の心のようだと思ったのでございます。
千代は霧の中をさまよい、若狭国分寺へとたどり着きました。剃髪し比丘尼となった千代は、全国行脚の旅に出たのでございます。
どこへ行っても、誰も千代のことは知りませんから、十七、八歳の若い尼僧として迎えられ、不思議がるものはいなかったのでございます。まるで今までとは違う世界でございました。
そして、千代は紀伊国といいますから、今の和歌山県で、熊野権現の本地仏(ほんじぶつ)である阿弥陀如来の信仰に出会ったのでございます。その信仰を広めるため、千代は神仏の聖地を渡り歩くのでございました。
しかし、人間の命に限界があるからこそ、今を大切に生きるのであり、信心を深めればあの世で阿弥陀如来によって救われ、魂を再生することができる…、という熊野権現の信仰ではありましたが、千代には限界というものがございませんでした。
老人を見ても、若者を見ても、千代の目から見れば大差はございませんでした。千代から見れば、数年も数十年も、それほど長い年月ではなかったのでございました。
大化元年(八〇六年)、千代が百五十二歳になった頃でございます。
武蔵国といいますから今の埼玉県、「慈眼寺」に地蔵尊を奉納したことがございます。その頃は、一心に地蔵尊を掘ることで我を忘れ、ひとときの安らぎを得ておりました。
地蔵尊を奉納した後、千代は再び行脚に出たのでございます。
文治三年(一一八七年)、陸奥国といいますから、今の岩手県の平泉へ落ちていく途中の源義経一行と会ったこともございました。
九郎様は色白で女子のような美しい顔立ちでございました。
九郎様の率いる武蔵棒弁慶他二十数名の、山伏姿の一行は、思いのほか堂々と、北国街道を平泉へと向かっておりました。
街道で警備に当たるお役人様も、兄頼朝様に追われる九郎様に同情され、厳しい詮議は行われていなかったのでございます。
源平の盛衰を、一部始終見聞きしていた千代は、義経の凛々しいお姿を見て、一層の哀れを感じたのでございます。
その後、九郎様は弁慶他数名の家来とともに、密かに平泉を脱出し、蝦夷地に渡ったそうでございます。
蝦夷地には、アイヌ語で「サマイクル」と呼ばれる人間の生活に必要な知恵を教える文化の神が、一二匹のオオカミを引き連れ「トカプシ・ポンペツ」の山の急斜面の洞で、一冬を過ごしたという伝説がございます。
これは、九郎様とその従者のことでございます。翌年の春、一行はサハリンから、モンゴルへと旅立ったそうでございます。
現在の十勝・本別町のことでございます。
ここには義経山があり、頂上には義経山神社がございます。その近くには、九郎様が過ごしたという弁慶洞がございます。
そうこうしているうちに、千代は、弘安二年(一二七九年)信濃国といいますから、今の長野県あたりで、奇妙な集団と出会ったのでございます。
千代が六百二十五歳のときでございます。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏…」
数百人もの男女が太鼓の音にあわせて、念仏を唱えながら、激しく身体を上下させながら踊っていたのでございます。
人々は恍惚として、無我の境地を踊りさまよっておりました。
一遍上人が始めた「時宗(じしゅう)」を広めるために始めた、「踊り念仏」の一行でございました。
人々が何も考えず、脳内の感覚が幻覚や催眠を催している状態となって、踊り狂うその姿に、千代は魅了されたのでございます。
しばらく一行とともに、「踊り念仏」の輪の中で、全国行脚を続けることにしたのでございます。
行脚を続けるうちに、その集団は磁石が砂鉄を吸い寄せるように、人々を呼び込んで、大集団へと膨らんでいったのでございます。
「時宗」で信仰する仏様は、阿弥陀如来様でございます。「南無阿弥陀仏」の名号(めいごう)をつねに口に称えて仏様と一体になり、阿弥陀如来様のはかり知れない智恵と、限りない生命をこの身にいただき、安らかで喜びに満ちた毎日を送り、やがては清らかな西方極楽世界へ往生することを確信する教えでございます。
不安だらけの世の中で、この分かりやすい教えは人々を魅了したのでございます。
膨大な数に膨れ上がった「踊り念仏」の一行が通り過ぎた跡には、草一本、木の皮一枚残っていなかったのでございます。食べられるものは何でも食べました。まるで、イナゴの大群が通り過ぎたようでございました。
しかし、一行と親しくなって旅をともにするようになると、やはり、千代は他人との差を感じずにはいられないのでございました。
人々は次々に飢えて死んで逝きます。
太陽が照り付ける暑い夏、ある者は疫病に倒れました。雪が吹き付ける寒い冬、ある者は凍え死にました。しかし、千代は、どんなに疫病が流行っても、どんなに寒くても、病気にかかることすらございませんでした。
やがて、年上はもちろん、年下の者まで、千代は毎日看取り続けたのでございました。
その虚しさから「踊り念仏」の一行と別れた千代は、その後各地を回り、椿や杉、松、榎など、いろいろな木を植えて歩いたのでございます。
「人の命は儚いけれど、木は長生きしてくれる。樹木の命は自分とともにある」
千代の思いは、人から樹木へと移ってしまったのでございます。
文安六年(一四四九年)、千代は京の都にたどり着いたのでございます。七百九十五歳でございました。
その頃になると、千代は「白比丘尼」と呼ばれ、色白の尼僧として人々の噂になっておりました。
噂の「白比丘尼」が来たというので、京の都は大騒ぎになったのでございます。
「八百歳の別嬪で娘のような老婆が来やはったそや」
「別嬪の老婆やらなんやらとは聞いおいやしたことがおへん」
「何でじゃも、尼はんらしい」
大勢の見物人が、ぞろぞろと押しかけたのでございます。
「たやの若い尼はんやないか…」
「これが噂の白比丘尼どすか…」
「八百歳には見えへん」
「いやいや、肌が輝いとる。やっぱりただのおなごやおへん」
「尻尾やておますのではおまへんのか」
京都清水の「定水庵」に留まる千代の元には、見物料まで置いていく者が後を絶ちません。千代にはもう行くところがございませんでした。
「終わりがないということは、なんと辛いことなのだろうか…」
そう思うと、なんだか無性に故郷が恋しくなってしまったのでございます。千代の足は、知らず知らずのうちに、故郷の若狭国小浜へと向かっていたのでございます。
もう、何百年も経っているでしょうが、千代には、その年数すら分からなかったのでございます。
やがて、自分の生家のあった場所を探し当てました。そこに立った千代は目を疑ったのでございます。
そこにあったのは荒れ果てた土地だけで、屋敷の面影すらなくなっていたのでございます。
確かに、千代は一人娘でしたから、跡取りがいなくなって、家が没落したのかも知れません。しかし、たとえ荒れ放題になっていたとしても、あれだけの大きなお屋敷の跡形くらいは残っていてもよさそうなものでございます。
呆然と立ち尽くす千代でありました。
半時ほどそうしていたでしょうか。千代の横を老婆が通りかかったのでございます。
「あの、もしもし…。昔、この辺りに、大きなお屋敷はござりませんでしたか?」
すると老婆は、腰を伸ばして、千代の顔を怪訝そうに見上げたのでございます。
「あんた、ずいぶん若そうじゃが、いつごろの話かのう。あたしゃ、生まれた時から六十年もここに住んどるが、この場所に屋敷などなかったね。子供の時分から、今と同じ荒れた土地だったさ…」
千代は自分の生きてきた年月の長さをあらためて思ったのでございます。
千代は、かすかな記憶をたどりながら、とぼとぼと歩きはじめたのでございます。
辺りをさまようように歩きながら、千代は幼い頃、友人と隠れ家にして遊んでいた「空印寺」の洞窟へと向かっておりました。
そこは、昔と変わらぬ姿で残っていたのでございます。洞窟を見つめながら、千代は心が落ち着くのを感じておりました。
自分の背丈ほどもなかった椿が、見上げるほどに生長しておりました。その洞窟の前に咲く白い椿を見上げながら、自分の生きてきた年月の長さを思いました。
千代は寺の許しをいただき、傍らに庵を立て数年間をここで過ごしたのでございます。
やがて、千代はいつまでも終わりのない命の虚しさを、餓死することで断ち切ろうと決心したのでございます。
即身成仏をすること以外に、もはや道はないと悟ったのでございます。
千代は、寺の者に、「けして中へ入ってはなりませぬ」と言い残して洞窟へ入定(にゅうじょう)したのでございます。
蝋燭一本を手に、千代は暗い洞窟の中に入っていきました。
洞窟の中は鬱蒼と苔生していて、冷たい空気が澱んでおりました。
なおも奥へと進んで、千代は辺りを見渡したのでございます。生きて見る最後の風景をしっかりと瞼の裏に焼き付けて、冷たい石の上に正座をいたしました。千代は、大きく息を吐き、静かに目を閉じたのでございます。
その姿勢のまま、一切の水と食糧を断ち、ひたすら念仏を唱え続けたのでございます。
やがて、何日か経ち、念仏も聞こえなくなり、千代はその生涯を閉じたのでした。
享徳三年(一四五四年)、千代が八百歳のときのことでございます。
その後、享和二年(一八〇二年)、武蔵国「慈眼寺」から、千代が奉納した、石櫃に納められた地蔵が発見されたのでございます。
その頃は、千代のことは八百歳まで生きた尼僧「八百比丘尼」として伝説となっていたのでございます。
「慈眼寺」は、この「八百比丘尼」にあやかり、年を取りたくない女達の参詣で賑わったということでございます。
小浜藩酒井家の菩提寺である「空印寺」の境内には、今も「八百比丘尼入定洞」という洞窟があり、こちらも「慈眼寺」同様に今も賑わっているのでございます。
いつの世も人は、必ず死を迎えるということを知りつつも、不老不死への欲望は、変わらずにあるのでございましょう。
この「空印寺」の洞窟自体には、今も不思議な話が残されております。
江戸時代に「空印寺」の住職が洞窟の奥へと入っていったところ、三日も歩いて、丹波国といいますから、今の京都府の山中に出てしまったというのでございます。
そのときに千代の亡骸があったということは記録されてございません。
なお、現在は落盤のために、入り口からすぐのところで、塞がっているということでございます。
古くは『日本書紀』にも人魚の記述がございます。
厩戸皇子(うまやどのおうじ)様、後の聖徳太子様も人魚をお助けになったことがあるそうでございます。
また、人魚のことはその後、正徳二年(一七一二年)に出版された、江戸時代の『和漢三才図会』には、「西海の大洋の中に、ままこのようなものがいる。頭や顔は婦女に似ていて以下は魚の身体をしており、あらい鱗は浅黒色で鯉に似おり、尾には岐がある。暴風雨のくる前に姿を見せる。漁父は網に入っても気味が悪いので捕えない」と紹介されているそうでございます。
現在でも、この話は漁師の間では密かに語り継がれております。網に入った人魚は海に戻し、口外しないということが掟となっているそうでございます。
この千代の生涯は、八百年を生きた尼僧の話として、「八百比丘尼伝説」として各地に今も語り継がれてございます。
また、「八百比丘尼」が春を売りながら全国行脚をしていたという話も残っておりますが、偽り言でございます。
千代は四度の結婚で子は授かりませんでした。その上、四人の夫を死に追いやったのでございます。
千代は自分が不老不死であり、子が授からない不生女(うまずめ)なのだと思っていたのでございます。人は死ぬからこそ子を残すのでございます。死なぬ女が子を残す意味がどこにございましょう。
それ故、殿方との情を交えることは虚しき行為であり、ましてや歓びなど感じてはならぬと、自分を戒めていたからでございます。
長々とお話をしてまいりましたが、そろそろ終わりにいたします。
私は蝦夷地、いいえ、今は北海道でございました。九郎様が一冬過ごされたという洞の近くの町で、小料理屋を営んでおります。
昔懐かしい味だと、なかなか評判なのでございます。
女性は、「いつまでも若い」などと言われると嬉しいそうでございます。
私は違います。一体幾つに見られているのか、とても不安になるのでございます。
昨夜、お客様に言われました。
「女将さん、年を取らないね」
そろそろ店をたたむ時期がまいりました。何処へ参りましょうか…。
私の名前ですか? 高橋千代と申します。
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北海道在住の団塊世代のオヤジです。自宅庭の前に川が流れています。自宅庭の木花や野鳥の写真、豆知識、雑学、短編小説(原稿用紙16枚)など。ためになる記事はほとんどありません。日本創芸教育認定似顔絵師。
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