年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

ヨーロッパで戦争が始まったら、日本の食卓は

2022年02月13日 | 宅老のグチ
引っ越しのため身辺整理していたら、食料自給率の切り抜きがあった。もし戦争が始まって、日本国内の農水産物で生きてゆけるかの記事だった。もちろん減反している米で生きてゆけると思うが実際は高齢農家でガソリン等がなければ耕運機も田植え機も動かない。人力で耕作できるものが主力となるだろう。戦後は東京の河川の原っぱは農家に貸し出されていた。多分東京都は今スポ―ツグランドとなっている広場を都民に耕作を認めるだろう。結構都市の人は故郷を持っていて、昔の耕作方法を知っている。
 飢饉のときの本が役に立つ。冷害ならジャガイモなどの寒冷地のでんぷん。温暖地ならサツマイモ。
 都会の姉ちゃんもイモネ~ちゃんとなる。糖質ダイエットなどをしなくとも、今の北朝鮮人民で映像から見ても、太めの人はいない。すべてスリムな人しかいない。その点中国の子供は勉強漬で太めが目立つ。何しろ食べきれないほど食卓に並べるのが美徳と言われ、政府が規制し始めている。そんな中国でも農民の貧困が目立っていて、今後は輸入に頼るしかない。ロシアが戦争に入ると、バルト海と黒海を封鎖すると、世界の穀物輸送が、過剰と過少在庫で苦しくなる。日本だって一年分の食料があるのはコメだけで、ガソリンがなければ経済が止まる。
 戦争になればゴルフ場がイモ畑になる風景が見える。そして電車に買い出しのリュック姿が復活する。木造の空き家が秘密裏に解体され、燃料となる。
 気密性の高い家で、停電時にガソリン発電機を稼働させ、酸欠死の事故があったことを記憶する。戦争時の食料確保の対処の仕方は90歳以上の人しか知らないだろう。女子高校生の制服でスラックスが選択肢に入ったという新聞記事を見ていたら思い出し戦時中はほとんどモンペ姿でスカ-トを履いたら非国民と言われる時代だった。郊外に行く電車は買い出しの電車だった。
 今は貿易で日本国民が飢えていないということを知るだろう。もう食の鎖国は出来ない。
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