今の中国の様子を見ていて、江戸時代末期に江戸南町奉行に遠山景元(金さん)がいて、日本が今でもその恩恵がある。先の戦争の末期でも新聞の広告に歌舞伎の広告があって、密かに驚いていた。同じ広告でも映画の方は時局に合わせた映画だった。多分戦時協力映画でその台本を軍部によってチェックされていた。筋などは記憶に残らない。多分中国の今のTVで現代劇でも過去の日本と同じ検閲があって、筋などは必要はない。無理筋は通らない。ただ一人の意向に左右される。
天保の時代に北町奉行だった遠山の金さんは幕府老中の天保の改革に協力していたが水野の意向をすべて認めてはいなかった。いわゆる悪所(歌舞伎等の劇場・落語・遊郭・売春)という盛り場を水野は風俗を混乱させると決めつけ、無くすように仕向けた。江戸時代の改革というものが何回かあったが共通している政策は奢侈の禁止であった。
江戸時代の武士の家計簿が残っているが決して基本的には贅沢はしていない。文献では漬物は出てこない。全て自家製である。購入と贈答だけが食の文献で出て来る。多くは贈答の記録でその記録によって、交際範囲が解かる。贈答によって、幕府内部の人間関係も解かる。親族の情報が立身出世に繋がるから、贈答行為は粗末にできない。
江戸時代の幕府権力が制御できない所がいくつかあった。そのうちの一つに
大奥がある。この大奥の制御に水野は失敗した。庶民と幕府幹部に贅沢は禁止となったが、大奥での砂糖使用量を制御できなかった。大奥の方の言い分として、大奥の女性は男がいないというストレスを砂糖で紛らわしていると言って、水野の砂糖制限を拒否したことが今に伝わる。今の時代でも若い女性たちのインスタ映えするお菓子等の写真の遺伝子が今でも残っている。甘いという漢字を変換すると、旨い・美味いという字が変換の候補と出て来る。
2023年国立劇場の建て替えで、1月に遠山桜天保日記が上演され、芝居の広告に歌舞伎興行を救った遠山の金さんとあった。水野によって歌舞伎が消される恐れがあって、遠山は江戸の中心地から当時は浅草田圃という郊外に歌舞伎興行の場所を移した。歌舞伎と吉原の売春とそれに伴う風俗街が庶民の癒しとなった。人は働くだけでなく何かを求めている。その何かが時代と時期によって日々変化していて、情報の変化に疎い政権幹部が遅れた政策となる。
今の中国がどうもはた目から見ていると中国の下々の情報は検閲の関所で各駅停車の電車の様に、後続の高速鉄道の情報を確認しながら物事を進めているようだ。中国の日本滞在のスパイは日本の状況をバブル時の経験を日本の中国通の人に聞いて今までうまく行っていたが、ことバブル崩壊の後の日本の下層民の心の変遷を知っていないと感じる。日本の左翼系志向のある人はバブル時に裕福な家庭にいて勉強して、大学等を出ている。そしてその交友で左翼的発言者として地位を得ている。従って今の中国バブル崩壊時の一番下層民の心情の急変を語ることが出来ない。この心情の変化が日本の30年の低迷の原因で今でも日本の学者は西欧風の説で解明しようとしているが築地の経験から下層民の心の変化を語る本はまだない。どちらかと言えば競馬のファンの変化の歴史本が説明しやすいと思う。地方競馬で活躍した馬が中央競馬で活躍する。育ちが地方で始まり、実力によって中央に活躍する。
1972年地方競馬の大井競馬場でデビュ-し、連勝し、中央に移籍し、重賞レ-スに勝ったハイセイコ―という馬を思い出す。今の中国に庶民の夢を代弁する事象が浮かばない。
多くの庶民の代弁する事象の存在を許したのが遠山の金さんの政策から始まる。