■ あるひとからこのシリーズを薦められていた。昨年のことだったかと思う。その後、いつか読みたいと思ってはいたが、他にも読みたい本があり、なかなか読む機会がなかった。それが、毎週末、仕事モードを解くために立ち寄るカフェでたまたま居合わせたIさんからこのシリーズを貸してもらえることになり、今月(3月)初めから読み始めて今日(19日)全10巻を読み終えた。
よく人生は川の流れに喩えられる。秋元 康が作詞した「川の流れのように」、この歌詞に美空ひばりは自分の人生を重ねたという。この物語に描かれた主人公、澪の十数年(水害で両親を失ったのが享和二年、医者の源斎と夫婦になって、大坂に戻ったのが文政元年。この間、十六年)は急峻な谷を流れ下る川のように変化に富んでいた。そして、奇しくも物語は橋の上で終わる。
まだ澪は若いのに人生の大きな岐路に何回も立たされる。そのたびに助けの手を差し出す大人たちに澪は臆することなく対峙し、自分の考えを曲げずに前に進む。大人たちは好意を無にする澪に腹を立てるも、その筋の通った考え方・生き方に共感し、澪を助けることになる。
澪が働くつる屋のひとたちは、店主をはじめ皆情に厚く、家族のように澪に接する。
澪が進むべき道で迷う時、アドバイスをしてくれるひとがいる。「食は、人の天なり」このキーワードを澪に示した医師、源斎。
やはり大坂の水害で孤独の身となり、その後行方が分からなくなっていた幼馴染みの野江が吉原にあさひ太夫として生きていることを知った澪。あさひ太夫の身請けをする、という大きな課題を背負い込みながら、料理に打ち込む澪。
**霞み立つ遠景を背負った男は、淡い褐返の紬の綿入れ羽織がよく似合う。
小野寺数馬、そのひとだった。
澪の様子を、そこでじっと見守っていたのだろう。ふたりは暫し、無言で互いを見合った。二年の歳月が、小松原と澪との間に優しく降り積もる。**(234頁)
10巻の中で一番印象的なシーン。澪は心の奥底に小野寺数馬を留めて大坂に向かったと思う。
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大坂は四ツ橋、澪の店「みをつくし」の料理、病しらずが文政十一年の料理番付で大関になっている。生まれ故郷の大坂に帰って、十年後の快挙。
この先、澪はどんな人生を歩むことになるのだろう。晩年は海に向かってゆったりと流れゆく大河であろう・・・。占い師によって「雲外蒼天」という人生が示されているのだから。
最後も今までのように引用文を載せる。
**「頭上に雲が垂れこめて真っ黒に見える。けんど、それを抜けたところには青い空が広がっている――。可哀そうやがお前はんの人生には苦労が絶えんやろ。これから先、艱難辛苦(かんなんしんく)が降り注ぐ。その運命は避けられん」(中略)
「けんど、その苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや真っ青な空を望むことが出来る。他の誰も拝めんほどの済んだ綺麗な空を。ええか、よう覚えときや」**(第1巻『八朔の雪』98頁)
これは作者の高田 郁さんが読者に宛てた応援メッセージ、この長編のテーマ。
今年は早くも好い小説に出合うことができた。