透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「みをつくし料理帖」を読み終えて

2017-03-19 | A 読書日記



 あるひとからこのシリーズを薦められていた。昨年のことだったかと思う。その後、いつか読みたいと思ってはいたが、他にも読みたい本があり、なかなか読む機会がなかった。それが、毎週末、仕事モードを解くために立ち寄るカフェでたまたま居合わせたIさんからこのシリーズを貸してもらえることになり、今月(3月)初めから読み始めて今日(19日)全10巻を読み終えた。

よく人生は川の流れに喩えられる。秋元 康が作詞した「川の流れのように」、この歌詞に美空ひばりは自分の人生を重ねたという。この物語に描かれた主人公、澪の十数年(水害で両親を失ったのが享和二年、医者の源斎と夫婦になって、大坂に戻ったのが文政元年。この間、十六年)は急峻な谷を流れ下る川のように変化に富んでいた。そして、奇しくも物語は橋の上で終わる。

まだ澪は若いのに人生の大きな岐路に何回も立たされる。そのたびに助けの手を差し出す大人たちに澪は臆することなく対峙し、自分の考えを曲げずに前に進む。大人たちは好意を無にする澪に腹を立てるも、その筋の通った考え方・生き方に共感し、澪を助けることになる。

澪が働くつる屋のひとたちは、店主をはじめ皆情に厚く、家族のように澪に接する。

澪が進むべき道で迷う時、アドバイスをしてくれるひとがいる。「食は、人の天なり」このキーワードを澪に示した医師、源斎。

やはり大坂の水害で孤独の身となり、その後行方が分からなくなっていた幼馴染みの野江が吉原にあさひ太夫として生きていることを知った澪。あさひ太夫の身請けをする、という大きな課題を背負い込みながら、料理に打ち込む澪。

**霞み立つ遠景を背負った男は、淡い褐返の紬の綿入れ羽織がよく似合う。
小野寺数馬、そのひとだった。
澪の様子を、そこでじっと見守っていたのだろう。ふたりは暫し、無言で互いを見合った。二年の歳月が、小松原と澪との間に優しく降り積もる。**(234頁)

10巻の中で一番印象的なシーン。澪は心の奥底に小野寺数馬を留めて大坂に向かったと思う。

*****

大坂は四ツ橋、澪の店「みをつくし」の料理、病しらずが文政十一年の料理番付で大関になっている。生まれ故郷の大坂に帰って、十年後の快挙。

この先、澪はどんな人生を歩むことになるのだろう。晩年は海に向かってゆったりと流れゆく大河であろう・・・。占い師によって「雲外蒼天」という人生が示されているのだから。

最後も今までのように引用文を載せる。

**「頭上に雲が垂れこめて真っ黒に見える。けんど、それを抜けたところには青い空が広がっている――。可哀そうやがお前はんの人生には苦労が絶えんやろ。これから先、艱難辛苦(かんなんしんく)が降り注ぐ。その運命は避けられん」(中略)
「けんど、その苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや真っ青な空を望むことが出来る。他の誰も拝めんほどの済んだ綺麗な空を。ええか、よう覚えときや」**(第1巻『八朔の雪』98頁)

これは作者の高田 郁さんが読者に宛てた応援メッセージ、この長編のテーマ。

今年は早くも好い小説に出合うことができた。


 


「天の梯」 高田 郁

2017-03-19 | A 読書日記

みをつくし料理帖シリーズ 全10巻 高田 郁/ハルキ文庫   
「花散らしの雨」
「想い雲」
「今朝の春」
「小夜しぐれ」
「心星ひとつ」
「夏天の虹」
「残月」
「美雪晴れ」
「天の梯」



■ みをつくし料理帖シリーズ 全10巻 高田 郁/ハルキ文庫  を読み終えた。

**「これで私は永田家という寄る辺を失いましたが、大坂に移り、この澪さんとふたり、手を携えて生きて参ろうと存じます。私は医学の道、そして澪さんは料理の道。互いの道を重ねて、実りのある人生にします」**(303、4頁)つる屋の座敷で皆に挨拶をする源斎、そして澪。このふたりが夫婦になるという予想は当たっていた。

**躊躇うことなく、澪は声を振り絞る。これまで呼ぶことを許されなかった名を、大切なそのひとの名を、あらん限りの声で叫んだ。
「野江ちゃん」
その声に、野江はゆっくりと振り返る。(中略)潤み始めた瞳を見開いて、野江もまた、封印していた名を口にする。澪ちゃん、と呼ぶ声は掠れていたが、澪の耳にははっきりと届いた。**(327頁)

引用した下りが全10巻という長編の結末を示している。

澪があさひ太夫の身請けに必要な四千両もの大金をどうやってつくるのか、ひとつ百六十文の鼈甲珠を日に三十売るという小さな商いでそれは可能なのか・・・。澪が考えついたその方法が、私は全く思いつかなかった。頭が固いといことだろう。澪がその方法を摂津屋に説明する下りを読んで、なるほど!こんな方法があったか、と澪の賢さに改めて感心した。

あさひ太夫の身請け主は澪ではなく、高麗橋淡路屋、野江の生家だったことにもびっくり。

この最終巻で、つる屋をライバル視していた登龍楼の采女宗馬の悪行が明らかになり、**「哀れ登龍楼は取り潰し、立派な店も取り壊し、いずれは別の店が建つ。悪運強い采女宗馬は逃げおおせたが、行方しれず。采女と関わり甘い汁を吸った二本挿しは揃って詰め原切らされる、詳しい話はこちらの読売、お代は四文、お代は四文」**(228頁)と、読売の口上の事態に。

この事件のことは第4巻に既に出てきている。これはものがたり全体の構成を予め構想していないとできない。

この事件に巻き込まれたお芳の息子、佐兵衛を助ける進言をした御膳奉行がいたことが知れる。澪は小野寺数馬がそのひとだと気がつく。 澪が思慕した小松原こと、御膳奉行小野寺数馬は澪から離れていったが、最後に存在感を示した。

**霞み立つ遠景を背負った男は、淡い褐返の紬の綿入れ羽織がよく似合う。
小野寺数馬、そのひとだった。
澪の様子を、そこでじっと見守っていたのだろう。ふたりは暫し、無言で互いを見合った。二年の歳月が、小松原と澪との間に優しく降り積もる。**(234頁)

恋愛小説としてこの長編は読まなかったけれど、この場面は切なくて泣けた。これが映画だったら実に印象的なシーンになっただろう。

船でひとり江戸を発って大坂に向かい、住まいを整えて澪を迎える源斎。摂津屋の同行を受けて、野江とともに大坂に向けて歩いて旅をする澪。思い出深い大坂の天神橋から空を仰ぎ見るふたり。雲が途切れて、そこから覗く真っ青な空。

雲外蒼天

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巻末に文政十一年版の料理番付表が載っていて、東の大関はつる屋の自然薯尽くし、西の大関はみをつくしの病知らずとなっている。勧進元は日本橋柳町一柳改メ天満一兆庵。これ以上ないハッピーエンド。