■ 安部公房の『カンガルー・ノート』(新潮文庫1995年)を読み終えた。1993年に68歳で急逝した安部公房の最後の長編小説。1991年11月に新潮社から刊行されている。
男がある朝目覚めると、カイワレ大根が脛に生えていた。診断を受けるために訪れた医院で麻酔薬を注射され、気がついた時、点滴のチューブ、排尿カテーテルを付けられた男はがっちりベッドに固定されていた・・・。そのベッドは**無段階に屈折する電動背凭れ、停電しても十六時間は持つ充電器、枕元のパネルには無線式の警報装置、いざとなれば自動的に酸素吸入器が作動するという至れり尽くせりの設備で・・・・・(後略)**(27頁)という高度な機能を備えていた。
男が伏せるベッドは街中を自走していく。工事現場からレッカー車で移動させられ、坑道口に投げ捨てられる。ベッドは坑道を走り続ける。坑道の終点からベッドは地下の運河のフェリーへ乗船する。
この小説は安部公房が病床にあった時に見た夢を繋ぎわせて仕立て上げたのではないか。どんな病状だったのか分からないがあるいは死を強く意識していたのかもしれない。死に向かう旅のようだ。三途の川、賽の河原・・・。でも終わらない旅。一体どこに向かうのだろう。
ベッドが行きついたのは薄暗い廃駅のホームだった。**とつぜん警笛が響きわたり、ホームに二両編成の電車がすべりこんできた。**(205頁)
電車と衝突したベッド、スクラップ化。**ここがぼくの終点になってしまうのだろうか。これまでは危機に瀕するたびに、ひとつの夢から別の夢へ、一気に移動するバイパス役を勤めてくれていたのに・・・・・**(206頁)
安部公房も死の恐怖に脅えていたのだなと、小説最後の一節(敢えて引用しない)を読んで思った。でも、それを小説に仕立て上げてしまった安部公房は最期まで作家であった。
手元にある安部公房の作品リスト
新潮文庫22冊 (文庫発行順 戯曲作品は手元にない。2024年3月以降に再読した作品を赤色表示する。*印は絶版と思われる作品)
今年中に読み終えるという計画でスタートした安部公房作品再読。5月7日現在8冊読了。残りは14冊。今年3月に出た『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』(新潮文庫)を加えたとして15冊。5月から12月まで、8カ月。2冊/月で読了できる。
『他人の顔』1968年12月
『壁』1969年5月
『けものたちは故郷をめざす』1970年5月
『飢餓同盟』1970年9月
『第四間氷期』1970年11月
『水中都市・デンドロカカリヤ』1973年7月
『無関係な死・時の壁』1974年5月
『R62号の発明・鉛の卵』1974年8月
『石の眼』1975年1月*
『終りし道の標べに』1975年8月*
『人間そっくり』1976年4月
『夢の逃亡』1977年10月*
『燃えつきた地図』1980年1月
『砂の女』1981年2月
『箱男』1982年10月
『密会』1983年5月
『笑う月』1984年7月
『カーブの向う・ユープケッチャ』1988年12月*
『方舟さくら丸』1990年10月
『死に急ぐ鯨たち』1991年1月*
『カンガルー・ノート』1995年2月
『飛ぶ男』2024年3月