■ この国の街並みの魅力を考える時はこの混沌とした状態を前提とせざるを得ない。ならば、せめて大正から昭和初期、戦前、そして戦後まもなく建てられた古い建築も共存する、つまり何層かの歴史の重なりが見られるような街並みに、魅力を見出そうという考え方があるのではないか。このことを「歴史の重層性にある街並みの魅力」と表現した、という次第。
以上2009年10月6日にブログに書いた記事(過去ログ)後半の再掲。
昨日(13日)一気読みした『東京裏返し』吉見俊哉(集英社 2020年)のサブタイトルは「社会学的街歩きガイド」だが、よくあるような単なる街歩きのガイド本ではない。「街歩きを通して東京の再生を考える」とでもしたほうが内容を的確に表現している、と思う。
私は歴史の重層性が街並みの魅力に欠かせない条件のひとつに挙げられると考えていて、上掲した記事を書いた。『東京裏返し』を読んで著者の吉見俊哉教授の考え方に大いに共感した。
吉見教授は凹凸地形にある都市は異なる「時間層」の痕跡が消えることなく残るとし、武蔵野台地の東端に位置し、大小の川によって形成された複雑な凹凸地形の東京には過去の時間層の痕跡が完全に消えることなく今でも残っていると指摘する。
時間層。吉見教授は東京には四つの大きな時間層があるという。自然地形の上に村や町が出来ていた江戸以前の時間層、家康によって自然が大改造された江戸の層、明治維新のなかで薩長によって行われた東京の層、終戦直後の米軍の占領とそれから続く高度成長期、1964年開催のオリンピックのために改造された東京の層。このようなざっくりとした捉え方、ぼくは大好きだ。
吉見教授はなぜ東京を裏返すことを提言するのか・・・。
「成長」の時代から「成熟」の時代へという歴史の大転換のなかにあって、目指すべきは「より速く」から「よりゆっくりと」、「高く」から「低く」。で、吉見教授は東京を裏返して**現代東京の表層下に生き続けている過去の資産を蘇らせよう**(24頁)と提言する。
路面電車、荒川線の延伸・環状化によるスローモビリティの都心での復活という具体的な構想が示される。スローモビリティは単なる移動手段ではなく、さまざまな文化的、商業的価値に光を当てるメディア的機能を持っていると吉見教授は指摘する。なるほど、確かに。地下鉄だと外の景色は全く見えないし、山手線の電車は速すぎて商店街と直接的に結びつかない。
**川の上を走る高速道路は、利便性ばかりを追求し、文化や伝統、景観を置き去りにした東京の過去の象徴です。首都高がいわば川の蓋になっているのですから、この蓋を取り払えば、東京都心の川は青空の下でもっと魅力的な街並みを生み出すことができるはずです。**(327頁)これは東京の表層をはぎ取る試みと言える。
高速道路の撤去は実施例があり、アメリカ西海岸のシアトルでは湾岸と都心を繋ぐ高架の高速道路を撤去してしまったというし、韓国でもソウル都心部の清渓川の高架の高速道路が撤去され、川の流れが復活しているそうだ。この韓国の事例は聞いたことがあるような気がする。東京でも首都高速1号線の江戸橋ジャンクションから路線が分かれた先は「盲腸線」だから、撤去しても影響が少ないはずだと、ターゲットを具体的に示している。
**高度成長期の機能中心の開発主義の産物が幾重にも歴史を寸断しているのです。**(106頁)
最後に少し長くなるが本書から引用する。
**狭い土地の容積率を緩和してそれまであった低層の建物を壊して更地にし、タワーマンションを建てたり、道路を拡幅して自動車交通を便利にし、さらに地上げで大規模開発してくというやり方は、そこで長い時間をかけて営まれてきた暮らしも、積み上げられてきた歴史もすべてを破壊し、チャラにしてしまう。(中略)そこにあるのは、地域との分断であり、過去との根こそぎの断絶、すなわち街の決定的な記憶喪失です。**(206頁)
「都市の再生に対する明快な理念とそれに向けての具体的な実践法の提示」このように本書を括ろう。 なかなか興味くおもしろい本を読んだ。
都市の記憶喪失 過去ログ