①
『狛犬学事始』ねずてつや(ナカニシヤ出版)
広く浅く総論 狭く深く各論 『狛犬学事始』という書名から、狛犬の世界の入門書として、その世界を総論的に説いた本だろうと思って、内容を確認することなくネットで買い求めた。本書の奥付に1994年1月20日 初版第1刷発行、2012年6月10日 初版第7刷発行と記されていることから、よく読まれていることが分かる。
本書で扱っているのは宇治市の狛犬を中心に京都府南部の狛犬だった。どうもエリアを限定して詳細に調べたものを全国的に統合することで、全体像を明らかにしようとする大きな構想があって、その事始ということと解するのがよさそうだ。ねずさんは『京都狛犬巡り』『大阪狛犬の謎』という本も出しておられる(本書の帯による)。
本を読んでいて、「なるほど!」と思うことがよくある。書かれている内容について、知らなかったときや納得したとき。だが、本書を読んでいて、「え、どうして?」「なぜ?」と何回か思った。マニアックな世界故か?
研究対象は参道狛犬 **「神社等の参道をはさみ、その両側に設置された一対の狛犬」を研究対象とする。**(10頁) 「え、どうして?」
研究対象を参道狛犬に限定し、神殿狛犬を取り上げないのは、なぜ?
狛犬は仏教とともに仏の守護獣として大陸から日本に伝わった。この頃は獅子一対だった。それが獅子・狛犬という日本独自の組合せになっていくのは平安時代だという。で、獅子・狛犬のことは清少納言も『枕草子』に書いている。だが、紫式部は『源氏物語』に狛犬のことは書いていない。ぼくが読んだ現代語訳の記憶(もうかなり薄れてきているが)をトレースしても狛犬は登場してこない。
冗長になった。はじめ神社の狛犬は神殿内に置かれていた。それが時代が下るに従って、神殿の縁に置かれ、やがて神殿から完全に屋外に出て、参道に設置されるようになる。神殿狛犬から参道狛犬へ。
著者のねずさんは、なぜ、このプロセスの前半の狛犬を取り上げなかったのだろう・・・。マニアな世界は他人(ヒト)の理解を越えたところにあるから、これは愚問とするしかないだろう・・・。
ねずさんは、神殿狛犬を研究対象としない理由を次のように書いている。**神殿の奥深くに眠っており、我々が簡単に接することができないのもその理由の一つだが、それ以上に「民衆の願い」を感じさせないのである。支配者か、それに近い人物の財力により、腕の立つ名人上手に造らせたものというイメージが強すぎるのである。**(17頁)
確かに神殿狛犬は簡単に接することはできない。近くで観察することもできない。ましてや寸法を測るなどということは到底無理。研究対象から外す一つの理由だと、ねずさん。
②
上の写真は、社殿の中をそっと覗いて、狛犬にズームインして撮った。これはマナー違反だろう。
角の有無 狛犬に角あり、獅子に角なし また、ねずさんは狛犬の角の有無について、**話を原点の戻し、単純化することにする。狛犬と獅子との違いを検討するから例外が出てくるのだ。**(102頁)ということで、**頭に角があるものを狛犬、角がないものを獅子という(狭義)。**(103頁)としている。どちらにも角がなければ両方とも獅子ということだ。「でも、どうして?」
角がどちらにも無くても、社殿に向かって右側に配置され、口を開けている阿形が獅子で、左側に配置され、閉じている吽形が狛犬だと一般的には言われている。でも、そうでない場合があって、あれこれ考えるのが楽しいのに・・・。
角の有無だけで獅子か、狛犬かを判断するのなら、②は両方とも獅子なのだろうか。参道狛犬が対象であって、②のような神殿狛犬は対象外だから関係ないということなのだろうか?
平安時代末期の成立と考えられている『類聚雑要抄』という書物がある。③
国立国会図書館デジタルコレクションより
獅子・狛犬が図解され、簡潔に特徴が記されている。
左側(神殿に向かって右)獅子 色が黄色で口を開いている
右側(神殿に向かって左)狛犬 色が白く、口を閉じている
角については記されていない。④
『諸職画鑑』北尾政美(鍬形蕙斎)1794年(寛政6年)
国立国会図書館デジタルコレクションより
江戸時代、寛政6年に刊行された『諸職画鑑』には③とは逆で、右の獅子に角があり、左の狛犬に角はない(代わりに宝珠がある)。このように判断するのは、獅子は向かって右で阿形、狛犬は左で吽形だということを前提にしているから。で、④の図では獅子に角あり、狛犬に角なし、となる。
ねずさんは、獅子に角なし、狛犬に角ありが正しいとしているから、上の図では右が狛犬、左が獅子ということになる。配置が左右逆という理解。
ぼくは『類聚雑要抄』の獅子と狛犬の特徴の記述に注目したい。角の有無より、左右のどちらに設置されているか、それから口の開閉で判断するのが妥当ではないか、と思う。
参道狛犬の多くは石造だ。石造では角は折れやすい。制作時、あるいは運搬時、施工時と折れてしまう可能性はどのフェーズでもある。角が折れてしまった狛犬を発注者が受け取らないケースが結構あったのではないか。それで、石工も角をつくらなくなった、とは考えられないだろうか。狛犬を見て歩くと、思いの外、角のない狛犬がいる。
繰り返すが、右が獅子、いや獅子は左じゃないか、とあれこれ考えるのが楽しいのだ。
角の長さの計測 ねずさんは狛犬の角の長さを測るという。本書にそのベスト5を載せている。そう、この辺りがマニアなところ。ぼくは角の長さを測ろうとは思わない。第一、台座に登らないと角の長さが測れない場合が少なくない。これをするのは躊躇われる・・・。脚立持参?
歯の観察から食生活を知る もっとマニアなのは狛犬の歯を観察して、その形などから食生活を調べていること。もしかして歯医者さん? 奥付を見ると、ねずさんは龍谷大学教授(本書刊行年、1994年)。
他にも頭の位置を測ったり、狛犬の全長とともに台座の寸法を測ったり、と、なんともマニアな調査。
このところ、狛犬めぐりをさぼっていた。春になったら再開しよう。
次稿で、本書でも取り上げている『徒然草』の狛犬について書きたいと思う。