■ 藤沢周平の短編小説集『橋ものがたり』(新潮文庫)に収録されている「約束」を読んだ。
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星 新一の「約束」というショートショートを読んで、同名の時代小説のことを思い出した。何年か前から、涙なくしては読めない小説をぼくは 「涙小説」と呼んでいるが、藤沢周平の「約束」は紛れもなく、涙小説だ。
幸助とお蝶は幼なじみ。ある時、奉公に出たふたりが約束をする。
**「五年経ったら、二人でまた会おう」(中略)
その日はいつで、時刻は七ツ半だ、と幸助は言った。お蝶はうなずいたが、幸助を見つめている眼に、みるみる透明な涙が溢れた。その眼をみひらいたまま、お蝶が囁いた。
「どこで?」
「小名木川の萬年橋の上だ。お前は深川から来て、俺は家から行く。そして橋の上で会うことにしよう」
お蝶が続けざまにうなずいた。すると、涙が溢れて頬に伝わった。**(20,21頁)
約束の日、約束の時刻よりだいぶ前からお蝶を待っている幸助。
**だが時刻は、約束の七ツ半から、さらに一刻半(三時間)近くも経っている。(後略)**(33頁)
五年の歳月はふたりを「大人」にしていた。お蝶は来ないのか・・・。
**「約束を、忘れなかったのか」**と幸助。
**「忘れるもんですか」**(37頁)ぼくはお蝶のこの言葉を読むたびに泣く。今もこうして書いていても涙が出る。
ああ、いいなぁ。