■ この巻(9巻)は前巻から10年後という設定になっている。宇江佐さんは巻末の「文庫のためのあとがき」に10年とばした理由を書いている。マンネリを打開したかったことと、伊三次シリーズの最終回をどうしても書きあげたいという思いだった、と。でも、あとがきの後段に表題作を書き上げた辺りから心境の変化があって、何が何でも最終回を書かなくてもよいと思うようになったと告白している。
龍乃進は27歳になっているが、まだ独身。日本橋の芸妓屋に入り浸りの日々。そこの若い芸者と理ない仲に。で、寝間着姿で髪はざんばら、無精髭というが伸びているというなんともびっくりなことに。
なぜ? 文中で読者の疑問にちゃんと答えているが、ここには書かない。それから伊三次の息子・伊与太には妹ができていた。
表題作では**「いってェ、何があったのよ」
伊三次は早口で弥八に訊いた。
「聞いてねェんですかい。八つ(午後二時頃)過ぎ辺りに頭のおかしな野郎が日本橋で出刃を振り回し、通りすがりの者を次々と刺したんでさァ。日本橋は血の海になってるそうです」**(44頁)
現代に起きた事件が江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。
宇江佐さんは時代小説で現代を描いてもいる。