まるでSF。
これが陸前高田へ行った印象でした。
3年前まで、人が住み、駅前に商店街や住宅地が有って、
人々の活気が溢れていた。
その町が、一瞬のうちに無くなってしまった・・・・・
というのは、インターネットや報道で知っていたこと。
友人のミュージシャン「ヤナギ」さんのHP
http://homepage2.nifty.com/m-yanagi/takada.html
に、まさにそのショッキングが写真が有ります。
でも、実際にその現場に立つと、驚きを通り越して、
夢でも見ているかと思うほど・・・・
写真で見る情報なんて、本当に何も伝わっていないことに気がつきました。
この後は自分が撮った写真とコメントを載せます。
これが陸前高田へ行った印象でした。
3年前まで、人が住み、駅前に商店街や住宅地が有って、
人々の活気が溢れていた。
その町が、一瞬のうちに無くなってしまった・・・・・
というのは、インターネットや報道で知っていたこと。
友人のミュージシャン「ヤナギ」さんのHP
http://homepage2.nifty.com/m-yanagi/takada.html
に、まさにそのショッキングが写真が有ります。
でも、実際にその現場に立つと、驚きを通り越して、
夢でも見ているかと思うほど・・・・
写真で見る情報なんて、本当に何も伝わっていないことに気がつきました。
この後は自分が撮った写真とコメントを載せます。
最初の3枚は地図にある箱根山の展望台から南方向の様子です。
写真は地図の下のほう、恵比須崎と太陽崎が津波によってすべて無くなった部分。
広田岬のある広田町は完全に孤立した事で有名になった場所です。
写真は地図の下のほう、恵比須崎と太陽崎が津波によってすべて無くなった部分。
広田岬のある広田町は完全に孤立した事で有名になった場所です。
そして、市内の沿岸部。
道の駅「高田松原」
奇跡の一本松。いまや観光地です。
被災者の追悼施設。驚くような写真が有りました。
定住促進住宅跡。この4階まで津波が来た跡が残ってます。
ここからは市内の中心地だったところ。
このビルの屋上に、津波の来た高さが書いてある看板が有ります。
黒く見えるのは、いまだにある瓦礫の山
瓦礫の奥に、一本松が見えます。
最後に観光協会の人と、「ジャズタイムジョニー」で懇談会をやりました。
被災地の現状や、被災のときの体験談を観光客に話しているそうです。
昨日も書きましたが、復興なんて全然進んでいないのが実情です。
2年半経って、この程度。この有様と感じました。
政治や役所に任せている間に、年寄りはどんどん弱って行く。
僕には『年寄りは早く死ね』と言っている様に感じるスピードです。
やっぱり、可能なら自分の目で見て欲しいですね。
復興なんて全然進んでいないです。