後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

欧米に咲く可憐な野バラ5種と日本の野バラ

2019年05月31日 | 日記・エッセイ・コラム
花の栽培をしている方々は多いものです。しかし種を外国からも取り寄せて丁寧に育て、花々を咲かせている方は少ないようです。
その珍しい花々の写真を沢山掲載してあるブログがあります。
『KITAHOのデジカメ散歩』というブログで、URLは、http://kitaho321.blog25.fc2.com です。
KITAHOさんは横浜に住んでおられ、毎日のように自転車で郊外の野原やお寺を巡りながら自然に生えている小さな草花を見つけては美しい写真を撮っています。
自宅の庭じつにいろいろな珍しい原種の花を育てています。
そして山梨県北杜市の甲斐駒岳の山麓にロマンチックな別荘を持っていて、そこでも草花を育てています。別荘の隣の雑木林を地元の人から借りてそこに自然に咲く草花も観察しています。私は何年か以前にその別荘を訪れて花々のお話を聞いたことがあります。博識で、まるで植物学者のようです。
今回、その『KITAHOのデジカメ散歩』からから欧米の野原に咲く原種系の可憐な野バラ5種の花々の写真と説明文を以下にご紹介することにしました。尚、説明文の中にある「秘密基地」とは甲斐駒岳の山麓にある別荘のことです。そして日本の野バラもご紹介します。
===『KITAHOのデジカメ散歩』からの抜粋==========
原種系のバラの開花が進んでいます。
今までこのようなたくさんの、原種系のバラの開花に間に合うこともなかったのですが、嬉しい出来事です。
連休中には、秘密基地の滞在は避けていますので、ほとんどが連休中に開花が進み、ほとんど開花のタイミングを逃していたのが実情でした。
しかし、今回はびっくりするほど開花にぴったりです。

1番目の写真はRosa eglanteriaという名前の野バラです。 英名はスィートブライアー(sweet briar)といいます。
 イギリスから北ヨーロッパ、コーカサス地方や小アジアに分布しています。葉には青リンゴの香りがほのかにします。

2番目の写真はドッグローズと言われますヨーロッパの野バラです。Rosa.caninaです。
秋には美しいローズヒップを付けます。それは見事なものです。花は一重の小さなものですが、うっすらとピンクを帯び、清楚な感じがします。

3番目の写真はスコッチローズの花です。Rosa spinosissima `bicolor’です。
ヨーロッパ、西アジア原産で、暑がり屋で、横浜当たりでは栽培に難儀しますが、ここ八ヶ岳南麓ではなんとか生育しています。

4番目の写真は北米原産の野バラです。Rosa Nutkanaです。
北アメリカ北西部、アラスカからカリフォルニア北部までの海岸に分布しています。
なかなか出会うことの少ない野バラです。やっとの思いで入手。秘密基地で元気に育っています。

5番目の写真は彩りとして、はっとするような赤色を彩るRosa.moyesiiという野バラです。
1890年に英国のプラントハンター ウイルソン(Ernest Henry Wilson(1876-1930)により発見され、1894年に紹介された原種バラ。
自生地は四川省と雲南省の標高3000m付近と言われています。

さて野バラと言えば「わらべは見たり、野なかのバラ・・・」という歌を思い浮かべる人お多いと存じます。
有名なゲーテの「野バラ」の詩にシューベルトが作曲した美しい歌謡です。
https://www.youtube.com/watch?v=hT4j56FjUiE をクリックすると聞こえます。
同じ詩にウェルナーも曲をつけました。https://www.youtube.com/watch?v=YXaqcsvB-aE をクリックすると聞こえます。
下記に歌詞をお送りします。
「野なかの薔薇」
ゲーテ詩・近藤朔風訳詞

童(わらべ)は見たり、野なかの薔薇(ばら)。
清らに咲ける、その色愛(め)でつ、
飽(あ)かずながむ。紅(くれない)におう、野なかの薔薇。

手折(たお)りて往(ゆ)かん、野なかの薔薇。
手折らば手折れ、思出ぐさに、
君を刺さん。紅におう、野なかの薔薇。

童は折りぬ、野なかの薔薇。
折られてあわれ、清らの色香、
永久(とわ)にあせぬ。紅におう、野なかの薔薇。

ゲーテの詩もお送りします。
Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
war so jung und morgenschön,
lief er schnell, es nah zu sehn,
sah's mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

Knabe sprach: "Ich breche dich,
Röslein auf der Heiden!"
Röslein sprach: "Ich steche dich,
dass du ewig denkst an mich,
und ich will's nicht leiden."
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

Und der wilde Knabe brach
's Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
half ihm doch kein Weh und Ach,
musst' es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
ところで日本の野バラはノイバラとも呼ばれ、原野の日当たりのいいような場所でたくさんの白花をつけています。以下は、https://seppuka.exblog.jp/18090875/ からの抜粋です。
ノイバラはツル性のようですが、ツルが引っかかる場所がない所では、高さ1m程度に叢生しています。日本のノイバラは九州産の「ツクシイバラ」を除くと、白花で花の直径が2~3cmで小さいものです。枝先の花序につく花数は、ヨーロパ産は7以下ですが、ノイバラは10以上になります。

6番目の写真は日本の野バラです。この野バラは日本に古くから咲いていて俳句や和歌にもうたわれてきました。
江戸時代の与謝蕪村の俳句です。
 愁いつつ 丘に登れば はないばら  蕪村
 花いばら古郷の路に似たるかな    蕪村 

そして万葉集にも謳われています。イバラは万葉時代にはウマラと言いました。トゲのある植物の総称です
 道の辺の うまらの末(うれ)に 這(は)ほ豆の からまる君を はなれか行かむ
   丈部鳥(はせつかべのとり)、巻二十 4352

バラの起源は一説によると今から約7,000万年前~約3500万年前とも言われています。チベット周辺、中国の雲南省からミャンマーにかけて野生の原種が多く生息していることから、このあたりで生まれた可能性が高いのではないかと言われています。ロサ・シノウィルソニーという白い小さな野バラが原種とされており、この花は現存し、今も育てられています。

7番目の写真はこのノイバラの写真です。出典は、https://ja.wikipedia.org/wiki/ノイバラ です。

今日は欧米に咲く可憐な野バラ5種と日本の野バラを写真で示し、それにまつわる詩や俳句や和歌もご紹介しました。7,000万年前~約3500万年前に地球上に現れた野バラは古今東西の人々を長い間楽しませてくれたのです。
こんなに長い歴史のある花は他にあるでしょうか? 考えると不思議です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)

台湾の少数民族保護政策を讃える

2019年05月31日 | 日記・エッセイ・コラム
私の趣味は文化人類学です。学者でなく素人ですが、世界中の少数民族の文化をあれこれ調べては楽しんでいます。
今日は台湾の少数民族をご紹介したいと思います。特に台湾は少数民族を保護し、専用のテレビ局があるので感動しています。
台湾には現在でも16もの異なる民族が住んでいる興味深い国です。台湾の中華民国政府もこれらの少数民族を丁寧に保護した結果、その人口は増加しています。1929年に14万人余りでしたが現在は49万人まで増えています。
台湾は1600年代オランダの植民地になると対岸の福建省から多数の漢人の移住が起きましたが、それ以前は原住民だけが住んでいたのです。なお原住民は差別用語として日本のマスコミでは先住民と呼んでいます。しかし台湾では原住民と呼んでいるので、それに従いました。他意が無いことをご理解下さい。
それでは早速、現在の台湾の原住民の写真をご覧ください。

1番目の写真は2015年のミス世界コンテストへ中華民国代表として参加した女性の写真です。台湾原住民のアミ族出身の陳海琳さん(21歳)がミス台湾のグランプリに選ばれたのです。 台湾には少数民族への差別の無い証拠ではないでしょうか?
この写真の出典は、http://hosyusokuhou.jp/archives/45019854.html です。

2番目の写真は原住民の祭の踊りの写真です。
この出典は、http://newhoshu.blog.jp/archives/4513845.htmlです。

3番目の写真は2015年に東京で開催された台湾との交流会での台湾原住民舞踊団のパフォーマンスです。
写真の出典は、http://blog.taiwannews.jp/?p=13944 です。

4番目の写真はパンツァー(北部アミ族・南勢アミ族)のチケプ集落の豊年祭の様子です。
一般的にはアミ族と呼ばれますが、花蓮周辺の人々は自らをパンツァーと称しており意識の上でもはっきりとした独自性をもっているのでパンツァー族と記します。
写真の出典は、http://www.katakura.net/xoops/html/modules/wordpress/index.php?cat=18 です。

さて私の趣味は文化人類学なので、いろいろな民族の観光客向けの写真を多数見てきました。多くは失われた祖先の文化を悲しみながら踊りを見せている写真です。観光客のために笑顔を作っていますが何か悲しそうにしています。
ところが台湾の4枚の写真に写っている人々は心から楽しそうにしています。屈託の無い表情をしています。現在、このような屈託の無い顔をしている少数民族は珍しいと思います。
そして台湾の原住民は女系民族が多いので女性が大切にされ祭の主役も女性が7なることが多いのです。

そして台湾の政府がこのような少数民族を大切にしているのです。
そこでその政策を簡単にご紹介します。
以下は、「台湾原住民」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E5%8E%9F%E4%BD%8F%E6%B0%91 からの抜粋です。
1996年(民国85年)に原住民族を所管とする省庁である原住民族委員会が設置されました。そして民主進歩党政権になってから原住民族の地位向上が推進されるようになり、2005年には「原住民族基本法」が制定され、国営の原住民族テレビ(開局時の名称は原住民テレビ)も2005年7月1日に正式に開局するなどしたのです。
さらに現在、民族自治区の設立にかかわる「原住民族自治区法」案の審議が進められています。
台湾では少数民族は大切にされているのです。

台湾の原住民は現在、平地原住民と山地原住民(高山族)に分けられております。
2008年6月末、高山族現在の人口は488,773人であり、台湾総人口の2.1%を占めています。この10年で人口は23.4%増加し、総人口の増加率4.9%と比べ高いのです。
以下は政府認定16民族と人口です。
各部族の人口(2008年(民国97年)6月1日)、総計:488,773人、

セデック族統計無し。
アミ族(阿美族、アミス族とも、大部分は自称を流用して「パンツァハ族」とも呼ばれる) 175,157人
パイワン族(排湾族) 84,446人
タイヤル族(泰雅族、アタヤル族とも) 82,273人
タロコ族(太魯閣族、トゥルク族とも、アタヤル族に含められることもあったセデック族の一支) 24,001人
ブヌン族(布農族) 49,529人
プユマ族(卑南族) 11,100人
ルカイ族(魯凱族) 11,509人
ツォウ族(鄒族) 6,517人
サイシャット族(賽夏族) 5,623人
タオ族(達悟族、雅美族〈ヤミ族〉とも) 3,448人
クバラン族(噶瑪蘭族)(カヴァラン族) 1,124人
サオ族(邵族) 637人
サキザヤ族(撒奇莱雅族) 5,000 - 10,000人
セデック族(賽徳克族) 6,000 - 7,000人?
カナカナブ族(卡那卡那富族) 500 - 600人?
サアロア族(拉阿魯哇族) 400人?
その他 265人
申告なし 32,859人

5番目の写真の図面は各民族の主な居住地を示しています。
この図面の出典は、「台湾原住民」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E5%8E%9F%E4%BD%8F%E6%B0%91 です。

さてこれらの台湾の原住民は何処から来て、何処へ移住して行ったのでしょうか?
この謎は、「台湾資料」(http://www.gicas.jp/taiwan/index.html )に明快に解明されています。
台湾原住民の言語はオーストロネシア語族に属しているので南方から移住したと考えられています。
そして他のオーストロネシア諸語で既に失われた古い特徴をよく保っていることから、オーストロネシア祖語からもっとも早く分かれた言語だろうと考えられています。
しかし詳しいことは長くなり過ぎるので続編に譲ることにします。

さて台湾も日本も中国の東の大海に浮かぶ大きな島です。日本では大和朝廷が遣隋使や遣唐使を送り中国の政治や文化を導入しました。漢字も導入しました。
しかし台湾は17世紀まで文字の無い文化圏だったのです。この比較を考えるといろいろな感慨を覚えます。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)