戦後すぐに私が受けた学校の歴史教育では応神天皇や仁徳天皇の巨大な前方後円墳だけを強調して教えます。天皇制を賛美しようという偏った視点で古墳時代(AD300年からAD700年まで)を教えるので大和地方の古墳だけを丁寧に教えます。
その結果、私は古墳は大和地方だけにあると信じていました。しかしそれは大きな間違いでした。大きな誤解でした。
よく調べてみると古墳は北海道の江別古墳群を含めて全国に普及し、盛んに建造されていたのです。関東地方だけでも606基もの古墳があるのです。古墳は不思議なものと思います。不思議な墳墓です。
今日は関東地方にある幾つかの古墳をご紹介したいと思います。
まず隣町にある府中市の熊野神社古墳をご紹介します。
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1番目の写真は府中市の熊野神社古墳です。AD650年前後に作られた古墳です。私が撮った写真ですが、多摩川の河原の石で造った古墳の様子が写っています。なお熊野神社は江戸時代に作ったもので古墳とは本来無関係なものだったのです。
そこで以下に関東地方の古墳の幾つかをご紹介いたします。詳細は、https://blog.goo.ne.jp/yamansi-satoyama/d/20130901 にあります。
(1)埼玉県行田市の古墳群のご紹介
埼玉県の行田市の郊外には巨大な古墳群が存在しているのです。
埼玉(さきたま)の古墳時代に強大な王国が存在したことを想像させます。出土した、見事な細工の金属製馬具や装飾品の展示もあります。5世紀終わりから7世紀はじめに作られた古墳から出たその他の副葬品が数多く展示館に公開されています。
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2番目の写真は埼玉県の行田市に9基もある巨大な前方後円墳や円墳の航空写真です。
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3番目の写真は行田市の古墳群を囲むお堀です。以下は家内が2008年に撮った写真です。
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4番目の写真は行田市の古墳群のなかの一つの古墳です。
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5番目の写真は古墳から出土した騎馬像です。金属製の馬具や飾りは韓国、慶州の古墳からの出土品と似ているのです。埼玉の古墳を作った人々の中には韓国、慶州から渡ってきた人もいたようです。高麗という地名も埼玉南西部に現存しています。
尚、古墳に関する調査結果やその検証と写真は「埼玉古墳群」と検索するといろいろ出てきます。
(2)山梨県の古墳群のご紹介
さて甲府盆地の石器時代と縄文時代には、現在の北杜市の八ヶ岳南麓に人々が沢山住んでいました。
時は流れ、西暦後300年以後の古墳時代になると甲府盆地の釜無川と笛吹川の両側の稲作地帯にのみ人々が定住していたようです。
その様子は山梨県にある30基の古墳の分布が甲府盆地の稲作可能な地帯にだけ集中している様子からも明快です。
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6番目の写真は甲府盆地にある古墳を横から見た写真です。古墳の中腹に立っている人は家内です。古墳の大きさが分かります。
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7番目の写真は笛吹川の傍にある全長170mの巨大な前方後円墳の甲斐銚子塚古墳の写真です。この古墳は西暦350から400年に造営されたと言われています。2013年1月17日に家内と一緒に行って撮って来た写真です。
山梨県の古墳や、出土品を詳しく見ていくと、このような内陸地にこれだけ多くの古墳が築造されていたことに驚きます。
古墳は3世紀から5世紀にかけて全国に造られました。大和地方や機内の前方後円墳だけが教科書に載っているので、巨大な古墳が全国にあったという事実を知らない人も多いようです。しかし甲府盆地にも30基も作られていたのです。
この数多くの古墳の存在は地方豪族の存在を示しています。そして古墳造営の費用を支えたのは弥生時代から始まった水稲栽培の発達だったのです。
さて、日本の総人口は、縄文時代中期の26万人まで増加し、末期の寒冷化で数万人まで減少します。しかし弥生時代に入り、農業の発達し始めると増加一方に変化したのです。
山梨県の甲府盆地は古墳時代になると豪族たちは巨大な古墳を造営したのです。しかし30程の古墳に葬られている豪族達の名前は定かではありません。この状況が、律令国家の甲斐国の成立と甲斐国分寺が出来る時代へとつながって行くのです。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
===参考資料:山梨県にある30基の古墳の説明======
下は山梨県にある30基の古墳の一覧表を示します。http://kofun.info/kofunlist/15より。
名前、 形、 紹介文
姥塚古墳 円墳 径約40m、高さ約10mの円墳。 一番の見所は南西に開口す ...
滝坂の往生塚 円墳 径15m、高さ3mの円墳。 埋葬施設は無袖型の横穴式石室で ...
王塚古墳 帆立貝式古墳 全長約65mの帆立貝式古墳。 墳丘各所で円筒埴輪が見つかっ ...
大塚古墳 円墳 径約15mの円墳。 片袖型の横穴式石室が南に開口、全長約8 ...
岡・銚子塚古墳 前方後円墳 全長92mの前方後円墳。 墳丘には段が有り、葺石、埴輪が存 ...
おつき穴古墳 円墳 墳形・規模は不明。公園内に保存されている。 横穴式石室が南 ...
甲斐銚子塚古墳 前方後円墳 全長約170mの前方後円墳。 墳丘は後円部3段、前方部2段 ...
加牟那塚古墳 円墳 径約45mの円墳。 埋葬施設は南に開口する横穴式石室で、全 ...
かんかん塚(茶塚)古墳 円墳 径約26mの円墳。 埋葬施設は全長約7mの竪穴式石室で、武 ...
狐塚古墳 円墳 径約15m、高さ約3mの円墳。 埋葬施設は南東に開口する無 ...
経塚古墳 八角墳 全国でも発見例の少ない八角形墳の1基である。 径約12.5 ...
こうもり塚古墳 円墳 大平1号墳、地元では「こうもり塚」と呼ばれている。 径10 ...
盃塚古墳 円墳 径23m、高さ4.5mの円墳。 墳丘の周囲を幅1.8mの濠 ...
地蔵古墳 円墳 大平2号墳、地元では「地蔵古墳」と呼ばれている。 径10~ ...
地蔵塚古墳 円墳 径約35mの円墳。 片袖型の横穴式石室が南に開口、全長約1 ...
団栗塚古墳 前方後円墳 現在は円形をしているが、前方後円墳だったようだ。 円丘部の ...
千米寺古墳群 群集墳 古墳時代後期の円墳群。 かつては60基以上が存在したようだ ...
塚原上村古墳 円墳 古墳時代後期に築造された円墳。愛称は「大西のおかま」。 墳 ...
天神塚古墳 円墳 径約35m、高さ約4mの円墳。 埋葬施設は南に開口する横穴 ...
中秣塚古墳 円墳 赤坂台古墳群の1基で、径14m、高さ約3mの円墳。 埋葬施 ...
西ノ原古墳 不明 墳形・規模不明。石室が保存されている。 石室は南東に入口を ...
子の神古墳 円墳 古墳時代後期に築造された径約5mの円墳。 横穴式石室が南に ...
八幡塚古墳 帆立貝式古墳 現状は方墳だが、築造当時は帆立貝式古墳だったようだ。 葺石 ...
平林2号墳 円墳 春日居古墳群の1基で、径15mの円墳。 埋葬施設は無袖型の ...
ポンポコ塚 円墳 径15mほどの円墳。 出土品は不明だが、横穴式石室の形態か ...
丸山塚古墳 円墳 径72m、高さ11mの円墳。 墳丘は2段に築かれ、埴輪が存 ...
万寿森古墳 円墳 径約25m、高さ約5mの円墳。 2006(平成18)年の発 ...
六科丘古墳 円墳 径28mの造出し付円墳。 内部構造については不明だが、鉄剣 ...
物見塚古墳 前方後円墳 現存長約45mの前方後円墳。 墳丘全体を葺石が覆っていたと ...
竜塚古墳 方墳 1辺約56m、高さ約7mの方墳。 墳丘は2段に築かれ、上段 ...
・・・以下省略します。