後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「美しい諏訪湖の畔にある高島城の物語」

2022年12月17日 | 日記・エッセイ・コラム
本州のほぼ真ん中にある諏訪湖は美しい湖です。山々に囲まれ標高が高いところにあります。
標高が高いので冬には全面が氷に覆われます。
この氷が気温の高い時に「膨張」し、湖面の面積では足りなくなるので、大音響とともに湖面の氷に亀裂が走り、せり上がるのです。
この自然現象を有名な諏訪湖の御神渡り(おみわたり)と呼びます。伝説では諏訪神社の上社の男神が下社の女神のもとへ訪れに行った跡だと言います。
こんな伝説のある諏訪湖は美しい湖です。山々に囲まれ碧く輝いています。

1番目の写真は碧い水を満々と湛えた諏訪湖です。
2番目の写真は諏訪湖の岸辺にある公園の風景です。公園のそばには温泉が湧き出ております。私どもはこの諏訪湖温泉に何度か泊まり美しい諏訪湖の景観を眺めたものです。諏訪湖温泉に泊まると諏訪湖の畔の高島城にゆっくり遊びに行けます。冬にはスケートを楽しみました。

3番目の写真は高島城の遠景です。以下は家内が撮った写真です。

4番目の写真は高島城の天守閣です。天守閣は公開していますので最上階まで登れます。

5番目の写真は高島城の正門と隅櫓です。中に入ると天守閣の下の広場があり天守閣に登る入り口があります。昔の高島城は明治維新の直後に取り壊されました。
この高島城は昭和45年に復元されたものです。幸運にも江戸時代の高島城が明治維新後まで存在していたので精密な写真が残っていたのです。

さて高島城にまつわる歴史を書いておきます。
諏訪地方には、古事記より遥か昔に創建された出雲大社と同じ頃に作られた諏訪大社があります。私は諏訪大社と高島城の関係史に非常に興味が湧いたのです。
数日、インターネットでこの関係史を調べていたら実に明快で正確な資料を見つけたのです。それは「高島城をめぐる歴史と武将」と題する資料です。URLは、http://www.suwakanko.jp/point/takashimajo/shiru/index.html です。
今日はこの優れた資料にもとづいて「諏訪大社と高島城の関係史」を簡単にご説明したいと思います。

(1)諏訪社と諏訪氏
 『日本書紀』に持統天皇が勅使を派遣したという記事が残る諏訪社(現諏訪大社)は上社と下社があり、日本有数の古さを誇る神社です。その諏訪の神を祀る神官が平安時代に武士化して「諏訪氏」を名乗ったとされています。諏訪社の最高位である「大祝」は諏訪明神の依り代としてあがめられ、祭政一致の支配者として君臨しましたが、上社の大祝を務めたのが諏訪氏でした。鎌倉時代には執権北条氏の得宗被官として重用されたり、室町時代には信濃国の有力な国人領主として勢力を伸ばしました。また一族には京都で室町幕府の重要な役職を務めた人物もいます。

(2)諏訪氏の滅亡と武田氏
 戦国時代、諏訪氏と武田氏は武田晴信(信玄)の妹を諏訪頼重の正室に迎えて関係を強化していましたが、父信虎を追放した晴信(信玄)が天文11年に突如諏訪に侵攻しました。諏訪頼重は抵抗するものの降伏し、甲府に送られて自害し諏訪氏は滅亡、諏訪は武田領となりました。天正10年、信玄の子勝頼が織田信長に敗れて武田氏が滅ぶと、今度は織田氏の領有となりますが、信長も本能寺の変で斃れます。
このとき頼重の叔父の子で、上社大祝だった諏訪頼忠が本能寺の変を聞いて蜂起した諏訪の旧臣に迎えられて諏訪氏を復活、織田氏の勢力を諏訪から追い払って諏訪を取り戻しました。

(3)日根野氏の高島城築城
 諏訪支配を復活させた諏訪頼忠は武田氏滅亡後の信濃支配を狙う徳川、北条両氏に挟まれますが、最終的に徳川家康に帰順し、諏訪領有を安堵されました。しかし家康の関東国替えに伴って武蔵国奈良梨・羽生・蛭川(現埼玉県)へ、のちに上野国惣社(現群馬県)に移されました。
 かわって諏訪の領主となったのが、豊臣秀吉の家臣・日根野高吉です。高吉は諏訪湖畔の高島を城地と定めて天正20年(文禄元年)頃から築城にとりかかり、慶長3年にはおおよそ完成したものと考えられています。
日根野高吉(ひねの たかよし)(?〜1600)は美濃国の生まれ。はじめ美濃斎藤家に仕えましたが、父弘就の代から織田家に仕えたのち、豊臣秀吉の部将となりました。小田原攻めの戦功により諏訪を与えられ、高島城を築城しました。関ヶ原の合戦の直前に死去し、慈雲寺(下諏訪町)に葬られました。

(4)諏訪氏の旧領復帰
 日根野高吉は高島城を築城し、領内統治の仕組みを作るなど領主としての足固めを進めましたが、慶長5年関ヶ原の合戦直前に死去します。跡を継いだのは子の吉明ですが、翌年に下野国壬生に移されました。そのあと諏訪を与えられたのが諏訪頼忠の子でそのとき惣社の領主となっていた諏訪頼水です。頼水は高吉の築城した高島城に入り、ここに諏訪氏による諏訪統治が約60年ぶりに復活しました。以来10代忠礼のときに明治維新を迎えるまで変わることなく諏訪氏が諏訪の領主として続きました。

(5)明治の廃城と高島城復興

 明治維新を迎え、旧支配体制の象徴である高島城は破却されることになりました。明治3年頃から城内の建物が順次払い下げられ、天守も明治8年に取り壊されました。破却後、本丸跡が「高島公園」として開放されました。昭和45年、市民の熱意によって天守が外観復元され、門や櫓などもあわせて復興されました。

高島城は明治維新で破壊される前の写真にもとづいて昭和45年に復元されたものです。破却前の天守の写真は明治4年 に竹田凍湖によって撮影され今でも残っています。

今日は美しい諏訪湖の写真と高島城の写真を示し、その後で諏訪地方の歴史を簡略にご紹介いたしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

「私の日課、駅前の商店街に日々食べる物を買いに行く」

2022年12月16日 | 日記
家から1Km離れている駅前の商店街に毎日、電動車椅子で買い物に行くのが私の日課です。魚屋やスーパ-でその日の食べ物を買います。
もう中央線の電車に乗って都心に行くこともありません。少し淋しい気もしますが毎日が楽しいものです。
巨大なマグロに写真をふくめて撮って来た写真をお送りいたします。

「情熱の強烈なメキシコの花」

2022年12月16日 | 写真
情熱の強烈なメキシコの花の写真をお送り致します。
「メキシコの花」を検索たら沢山の写真が出てきました。
情熱的な花を選んでお送りいたします。

1番目の写真はダリアです。メキシコ国の国花です。メキシコ原産の花で形も色もいろいろです。

2番目の写真もダリアです。ダリヤはメキシコの太陽の輝きのように咲き誇ります。

3番目の写真はプリマベーラです。プリマベーラの木はアメリカ原産です。高さ30メートルまでに達することもあり、全ての葉が木から落ちてしまった直後に何百もの花が咲くので感動的です。

4番目の写真はオレンジの花です。メキシコ全土各地でオレンジの花を見つけることができますが、主な生産地はミチョアカン州とベラクルス州です。情熱の強烈なメキシコの花の写真をお送りいたします。

「冬に売られている10種類のランの花の物語り」

2022年12月15日 | 日記・エッセイ・コラム
花の話を書いていると何故か幸福感に満たされます。人間は花が好きなのでしょうか。しかし私が花が好きになったのは結婚してからです。妻が花が好きで活け花の免許を持っていたので、その影響でした。
それはそれとして今日はクリスマスやお正月の季節によく売っているランの花について書いてみたいと思います。日本では冬の花のように思われがちですが本当に冬の花でしょうか。そんなことも含めてランの花の物語を書きます。

50年以上前のことです。シンガポールに行った折に植物園を訪ねました。イギリス人が作った広大な熱帯植物園です。喬木の茂ったほの暗い密林の中を歩いていると所々にランの花が咲いていたのです。それは闇夜の灯のように美しく輝いています。そして青白い火が風に揺れるようにランの花が揺れ動いていたのです。あまりにも神秘的な美しさでした。東京の新宿御苑の大温室には多種多様のランの花が咲いています。都立神代植物公園の温室にも数多くのランの花が見られます。

ランは野生種だけで1万種から3万種もあると言われているのです。園芸種も数多く、その数も含めると地球上で確認された植物の1割近くがランと言います。
そこで少し調べました。以下は、https://horti.jp/2575 からの抜粋です。
ランは、中国、日本やアメリカ、オーストラリア、アフリカ地域など世界各国に自生しています。
種類の数が多過ぎることや、種類間での違いが少ないことから、「東洋ラン(東洋蘭)」と「洋ラン(洋蘭)」という生息地によって分けられることがよくあります。東洋ランは、日本や中国を原産地としているランのことで、それ以外の地域のランを日本では洋ランと呼びます。

そして、ランには、土の中奥深くまで根を下ろす「地生ラン」と、木の幹や岩肌に張り付いて育つ「着生ラン」の2つの生育パターンがあります。
地生ランは、「バルブ(偽鱗茎、偽球茎)」と呼ばれる根っこや茎に水分を貯めこむタンクを作ります。着生ランは、昼に気孔を閉じて水分の蒸発を防ぎ、夜に光合成を行うという特殊な性質を持っています。

ランにはこのように非常に種類の多い植物ですが、花屋さんで一般的に売っているのは数種類だけに限られています。
日本で、良く売れて流通しているものは「カトレア」「デンドロビウム・ファレノプシス」「オンシジウム」「ファレノプシス(胡蝶蘭)」「バンダ」「デンドロビウム」「シンビジウム」「パフィオペディラム」の8つだけと言います。
それでは早速その写真を示します。

1番目の写真は胡蝶蘭の写真です。
1番目と2番目と3番目の写真は私が花屋さんで撮った胡蝶蘭の写真です。

2番目の写真も胡蝶蘭の写真です。胡蝶蘭(コチョウラン)は日本でよく親しまれている種類のランです。台湾、中国、オーストラリアに生息し、一番ポピュラーな品種として贈り物としても人気があります。

3番目の写真も胡蝶蘭の写真です。
胡蝶ランは肉厚の葉っぱが左右に生え、茎は短くて見えない特徴があります。一般に出回っているものはほとんどが交配種で、花色や大きさによってさらに6つのグループに分けられるそうです。

4番目の写真はカトレアです。ラン全体の中で一番メジャーな種類の着生ランです。「洋ランの女王」とも呼ばれ、中央・南アメリカに約30種が自生しています。なお4番目から10番目までの写真は、https://horti.jp/2575 から感謝しつつお借りしました。
 
5番目の写真は正式名称をデンドロビウム・ファレノプシスというランです。デンファレの略称で親しまれている洋ランです。オーストラリアからニューギニアにかけて原種が自生し、ハワイ、タイ、マレーシアなどで盛んに栽培されています。

6番目の写真はデンドロビウムです。熱帯アジアを中心にスリランカやネパール、サモアや日本、ニュージーランドなど幅広い範囲に自生している着生ランです。高い木の枝の上に根を広げて着生するのが特長で、ランの中では、比較的育てやすい種類です。

7番目の写真はシンビジウムです。主に東南アジアなどの熱帯から温帯に自生する地生ランです。寒さにも比較的強いので、冬の贈答用鉢花として人気があります。

8番目の写真はオンシジウムです。中南米の熱帯・亜熱帯地域に約400種分布している着生ランです。枝分かれをした茎の先に、1~2cmほどの大きさの斑点が入った黄色い花を、垂れ下がるほどたくさん付けるという特徴があります。花束やアレンジメントによく用いられる、一般的になじみのあるランの種類です。
 
9番目の写真はバンダです、東南アジア原産の洋ランです。バンダは園芸箱に根をむき出しにして栽培します。このため育てるには非常に難しい洋ランで一般的ではありません。樹木の上に太い根を張る着生ランで、紫、赤、黄、白など花色のバリエーションが豊富で、他のランにはあまり見られない青色があることが特徴です。その大きく生長する姿から、サンスクリット語でまとわりつくを意味する「バンダカ」が名称の語源といわれています。

10番目の写真はパフィオペディラムです。東南アジアや熱帯、亜熱帯アジアに約70種が自生する洋ランです。基本的には薄暗い樹林の地面に根を張って育つ地生ランですが、着生ランの品種もあります。花の一部が袋のようになる変わった姿をしており、ユニークな形や大きな花が好きな方に人気があります。短い茎に咲く花は、1ヶ月ほど楽しむことができます。

以上が市場でよく流通している10種類のランの花のご紹介です。
そして新宿御苑の大温室は明治期から日本のラン栽培で有名で数々の新品種を開発しています。
考えてみると明治維新以後、日本へ温室で熱帯植物を育成する技術が導入されたのがランの花の隆盛に繋がったのではないでしょうか。
私は緑あ鮮やかな熱帯植物の葉を見るのも好きでよく温室に行きます。緑の熱帯植物の間に色鮮やかなランの花やブーゲンビリアの花を見るのが好きなのです。

今日はクリスマスやお正月の季節によく売っているランの花について書いてみました。このようなランの記事を書いていると本当にしみじみと幸福を感じます。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

「インドネシアのバリ島の花」、続き

2022年12月14日 | 写真
2022年09月09日に「インドネシアのバリ島の花」を掲載しました。
バリ島を訪れると、色とりどりの花が咲き乱れていて南国らしさを感じるそうです。まさに南国です。
しかし一方、最近の日本は本格的に寒くなって冬到来です。
この寒さを吹き飛ばすために再度、バリ島の花の写真をお送り致します。

1番目の写真はバリ島 を彩る花、アラマンダ です。

2番目の写真はプルメリア (フランジパニ) の花です。

3番目の写真は蓮の花です。

4番目の写真もプルメリア (フランジパニ) の花です。

「人生を豊かにする旅(1)遥かな五島列島、人情の温かさ」

2022年12月14日 | 日記・エッセイ・コラム
旅は人生を豊かにします。視野を広げます。そこに住んでいる人々の温かい人情に触れ、生きていることが楽しくなります。何故か明るい希望が湧いてきます。
今日からそんな人生を豊かにする旅に関する連載記事を書き進めたいと思います。
今日の第一回目は遥かな五島列島を取りあげることにしました。行って感動した遠い所です。

長崎から船で2時間、はるか遠い海に浮かぶ五島列島は長い間の私の憧れの島でした。
長崎までは行く人も多いのですが五島列島まで足を延ばす人は非常に少ないのです。
そこは日本のカトリックの聖地でもあるのです。
1649年にザビエルが初めて日本へカトリックを伝えました。現在、カトリックは日本に根着いています。
江戸時代の禁教の時代に五島列島には神父が一人もいなくなります。しかし250年間も農民や漁師が助け合って信仰を守り続けていた島なのです。島の人には助け合う温かい人情があったのです。仏教徒とキリシタンの間の絆のお陰でキリシタンが生き延びたのです。それは奇跡のようです。日本人の人情の強さの証明です。
五島列島はこの奇跡のような歴史の故に特にカトリック信者にとっては憧れの島なのです。
この島はそれだけで観光客が行くのではありません。
海が入り組んでいて多様な美しい景観を見せているのです。緑豊かな岬が港を囲み中国大陸との交通の要所でもあったのです。
奈良時代の遣唐使の船が何隻も五島列島の港から出発したのです。
後に弘法大師と呼ばれた空海も五島列島から出発し、2年後に五島列島に帰って来たのです。
その港の附近には遣唐使関連の展示館もあります。
その歴史も関係して五島列島には数多くのお寺もあります。
しかもお寺は隠れキリシタンに同情し、ひそかに助けていたという伝承も沢山あります。
このような宗教的な歴史を抜きにしても五島列島の風景は非常に美しく魅力的です。

五島列島の風景を妻と私が撮って来た写真でご紹介したいと思います。
写真は今年の2015年の4月に撮りました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)

1番目の写真五島列島のは中ノ浦天主堂です。

2番目の写真は五島列島の堂崎天主堂です。

3番目の写真は五島列島の井持浦天主堂です。

4番目の写真は五島列島の天主堂の中の祭壇です。

5番目の写真は五島列島のキリシタン墓地です。
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五島列島とは?

五島列島は長崎県西部に位置する列島です。全島が長崎県に属し、人口は約7万人です。大小あわせて152の島々からなっています。

6番目の写真は五島列島と周辺の地図です。

7番目の写真は五島列島の島々の地図です。
詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%B3%B6%E5%88%97%E5%B3%B6  をご覧下さい。


「友、遠方より来たる有り、また楽しからずや」

2022年12月13日 | 日記・エッセイ・コラム
遥かなアメリカのオハイオ州の旧友、Bob Rappさんから CHRISTMAS CARDが来ました。奥さんや子供や孫たちの写真が沢山ついています。元気に老境の日々を愉しんでいるようです。
Rappさんは長らくオハイオ州立大学の教授をしていました。私の生涯の親友です。お互いにそれぞれの家にも泊まり家族同士の付き合いです。
Bob Rappさんから 来たCHRISTMAS・CARDの冒頭です。
MERRY CHRISTMAS 2022 AND HAPPY NEW YEAR 2023
Greetings to family and friends,
I am happy to report that the year 2022 has passed with no
outrageous bad luck or disappointments (except for the OSU-UM game
outcome). Indeed, I have now enjoyed 5 full years with my wonderful
partner Nancy living in relative ease and luxury on the sixth floor/NW
corner of a new independent-living retirement home overlooking Columbus.・・・以下省略。
年老いて夫婦一緒にホームに入ったようです。6階の部屋から美しいコロンバス市の風景が眺められるそうです。
私は何故か「朋遠方より来たる有り・・・」という句を思い出しました。 Rappさん自身が来たわけではありませんが、実際に来たような錯覚にとらわれたのです。

そこで「朋遠方より来たる有り・・・」という句を調べました。孔子も論語の一句でした。

子曰く(しいわく)、学びて時に之を習う、また説ばし(よろこばし)からずや。
朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。
人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや。 (学而編 一)

そして、https://hotel-bfu.com/miyachi/2017/04/26/post-241/の資料には次のように書いてあります。
冒頭の2文だけを取り上げると、いかにも説教臭く、陳腐な言葉という印象を免れない。だが、そこに「人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや」が付け加わると、様相が一変する。

孔子は幼くして両親を亡くし、貧しい少年時代を過ごしたと言われる。様々な仕事で食いつなぎながら、独学で書を読み、詩、歴史、礼法などの知識を身につけた。有徳の王を補佐して善政を敷き民を安んじるという大志を抱き、職を求めて諸国をめぐるが、ほとんど用いられることはなかったらしい。
生活のために弟子を取り学問を教えたが、やがてそちらが本業となった。不思議なことに、弟子たちには諸国で登用され政治の道で活躍するものも多く、それらの弟子たちによって孔子の名は後世に伝えられることとなる。
「論語」も孔子本人の著作ではなく、弟子たちが孔子の死後に編纂した、師の言行録である。だが、生前の孔子本人にとっては、政治の大舞台で活躍する夢が叶わず、一教師として生涯を終えるのは、不本意なことであったろう。

公職についていないから、昔読んだ書物を取り出して「これを習う」時間はたっぷりとある。たまに訪れる昔の友人と、いっとき政治談義をするのは何よりの楽しみだったろう。
だが、世間の人々は誰も、在野の一知識人である孔子のことを知らない。
「そんなことで恨み言は言わない。それが君子なのだから」
君子はつらいのである。

上記によると「論語」は孔子の作ではなく、弟子たちが孔子の死後に編纂したものです。そして世間の人々は誰も、在野の一知識人である孔子のことを知らなかったのです。嗚呼。

今日は遥かなアメリカのオハイオ州の旧友、Bob Rappさんから来た CHRISTMAS CARDから連想した論語の一句をご紹介しました。皆様よくご存知の、「友、遠方より来たる有り、また楽しからずや」という一句です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。 後藤和弘(藤山杜人)


今日の挿絵代わりの写真は Rappさんくが長らく教授をしていたオハイオ州立大学の写真です。

「情熱的な南国、フィリピンの花を見て寒さを忘れよう!」

2022年12月12日 | 写真
毎日寒い日が続きます。そこで情熱的な南国、フィリピンの花を見て寒さを忘れましょう!

写真の出典は、https://pichori.net/Philippines/philippine_plants.html です。

1番目の写真はブーゲンビリア マゼンダ(Bougainvillea magenta)です。

2番目の写真はアラマンダ(Allamanda cathartica)です。

3番目の写真はドナ・オーロラ(Dona Aurora)です。

4番目の写真はオルソシホン(Orthosiphon)です。

「江戸・東京たてもの園の写真」

2022年12月11日 | 写真
江戸・東京たてもの園の写真を撮って来ました。
小金井公園の奥まった場所に「江戸・東京たてもの園」という広大な昔の建物の野外展示場があります。その一部の建物の撮って来ました。
詳しくは、https://www.tatemonoen.jp/ をご覧下さい。

「イグナチオ教会の今日の『待降節第3主日のミサ 』の動画配信とカトリック関口教会のミサの風景写真」

2022年12月11日 | 日記
今日の『待降節第3主日 のミサ』は 10:00 時からです。

動画配信のご案内をお送り致します。
https://www.youtube.com/watch?v=0KwcfFKKEgg
10:00 時以後なら何時でもミサにあずかることが出来ます。

【本日の聖書朗読箇所】
第1朗読
イザヤの預言(イザヤ 35:1-6a, 10)
第2朗読
使徒ヤコブの手紙(ヤコブ 5:7-10)
福音朗読
マタイによる福音 (マタイ 11:2-11)

写真は今日のカトリック関口教会のミサの風景です。司式は天本神父さまでした。

カトリック関口教会からの今日の『待降節第3主日のミサ 』の動画配信は、https://www.youtube.com/watch?v=E-p4ZAomMtE です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。 後藤和弘(藤山杜人)



「冬の梅の花の写真」

2022年12月10日 | 写真
梅の花は早春に咲きますが冬でも咲き出すのもあるようです。
「冬の梅の花の写真」を検索たら沢山の写真が出てきました。
冬なので寒そうに楚々と咲いています。淋しそうに咲いています。そんな冬の梅の花の写真をお送り致します。

「武蔵野の樹々の写真を撮りに行く」

2022年12月09日 | 写真
武蔵野の樹々の写真を撮りに行って来ました。
小金井公園には武蔵野の大きな樹々が生えていす。初冬の風景を撮ろうと思い先程行って来ました。イチョウの黄葉が残照のように夕方の陽に輝いていました。冷たい風が吹いています。冬到来です。

「アメリカ文化と日本、そして人事管理とキリスト教」

2022年12月09日 | 日記・エッセイ・コラム
我々の国、日本は遣隋使、遣唐使に始まり外来文化を大いに取り入れて来ました。中国や欧米の文化の影響を深く受けて来ました。特に終戦後はアメリカの文化が日本に大きな影響を与えています。
今日は日本に受け入れられているアメリカ文化をご紹介したいと思います。そしてその後で日本に受け入れられないアメリカ文化をご紹介したいと思います。私が4年間アメリカに住んで経験したことをご紹介したいと思います。

さて日本に受け入れられているアメリカ文化の一例はコンビニです。
全国に普及しているコンビニという小さな店はアメリカ発祥の文化です。アメリカ文化ですからコンビニには広い駐車場があります。そして商品が実に新しい発想で開発されていて店内を見ているだけで楽しいのです。いかにもアメリカ的です。
コンビニはアメリカで生まれた便利な文化です。他にもアメリカ文化のものが沢山あります。
マックやケンタやスタバのようなファストフードの店です。
こうしてキーボードを叩いているパーソナル・コンピューターもアメリカ発祥のアメリカ文化の産物です。
郊外の大型量販店もアメリカ発祥です。この狭い日本の国内旅行に飛行機を使うのもアメリカの風習です。その上、その旅客機はほとんど全てアメリカ製なのです
上に書いたようなアメリカ文化は自由に日本に入って来ます。日本人の生活を豊かにしてくれます。有難いことです。

しかしアメリカ文化のなかの一部には日本にはほとんで入らないものがあるのです。輸入が不可能なのです。
それはアメリカ社会や会社の中の人事管理の仕方です。
アメリカでは能力主義の人事管理をします。成果で評価します。成果を挙げないと情け容赦なくクビにします。クビにした後は成果を挙げそうな人を他の会社から引き抜いてきます。
その人事管理は以前のトランプ大統領の側近のクビの仕方と同じなのです。トランプ大統領の人事管理はアメリカでは普通のことで驚いている人はいません。日本人が驚いたのです。
アメリカ社会や会社の中の人事管理はキリスト教を下敷きにしているのです。
アメリカの文化の特徴といえば進歩しつつある科学や技術の他にキリスト教、特にプロテスタントに対する強い信仰があることです。狂信的な宗派もあります。
アメリカ人の80%が信じているキリスト教は日本人には理解し難いのです。
厳密に言えば日本人の3%はキリスト教を信じていますから、キリスト教を日本人が理解していませんと言えば間違いであります。
アメリカは弱肉強食の社会で、貧富の差が大きい社会です。弱肉強食の社会なので人間関係は殺伐としていると誤解しがちです。
しかしアメリカに暮らしてみると助け合いの精神が溢れていて、実に暖かい人間関係があるのです。殺伐とした社会というより人間的で温かい社会なのです。
ですからアメリカ文化を万遍無く公平に理解しようとしたら、彼らのキリスト教への帰依を理解しなければなりません。
勿論、アメリカにはイスラム教徒もユダヤ教徒も仏教徒も数多くいます。しかし話を簡明にするために今日はキリスト教だけを取り上げます。

アメリカでは従業員や側近を簡単にクビにします。仕事で成果が上がらないのは神の業なのです。しかし神はその従業員や側近を深く愛しているのです。
クビにする上司は、「神が君に与えた才能はこの仕事に合わないので辞めてたほうが君の幸になる。君の才能に合った仕事に就いた方が幸になるよ」と言ってクビにします。
アメリカで転職が多いのはこの考え方が強く存在しているからです。
上司は絶対に、「君は悪い人間だからクビ」だとは言いません。神が与えた才能がこの仕事に合わないとだけ言っているのです。
辞めさせられた人も傷つきません。人格が悪いから辞めさせられた訳ではないのです。
キリスト教の共通価値観の無い日本ではアメリカ流の人事管理は不可能なのです。

蛇足を書きます。アメリカでも気に食わない部下を上司が感情的にクビにすることはあります。しかし周囲の目が厳しいのです。そんな人事管理を続けていればその上司もクビになります。そこが日本と違うところです。
さてトランプ大統領はどうも側近の人事管理に感情的なものが混じっていたようです。それはアメリカ人が厳しく判断します。その結果彼は再選されなかったのです。他にも理由はあったのでしょうが。

今日はアメリカ文化の中で簡単に日本へ輸入可能な分野と輸入が難しい分野を別けて説明しました。輸入が難しいものはアメリカ社会の中の人事管理とキリスト教です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

今日の挿し絵代わりの写真はアメリカの風景写真です。