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うっとうしい梅雨も一休み、ならばと前回預かりとなっていた甲州古道に再チャレンジ、高尾から小淵沢行きに飛び乗った。高尾からたったの一駅の相模湖であるが、小仏越えが回りの世界を一変するぐらいに、遠い世界である。
前回はこの小仏越えで甲州古道を小原宿に入ったが、今回は相模湖駅から戻ってリスタートした。甲州古道は小仏を越えてもう山道はないが、現甲州街道と重なったり、離れたり、頼り無い地図と写真のような僅かな古道案内を頼りに西下する。
地図も案内碑も全く頼りならず、途中迷走することもしばしばながらの旅は行きつ戻りつの繰り返しで、決して順調な道のりではなかった。
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途中、山道に入ったり、高速道の下を潜ったり、徐々に狭くなる現甲州街道をダンプが直ぐ脇を通りすぎる危険な場所もあるが、その宿々に古い家並みや樹木に埋もれた中に本陣跡や関所跡を往時の姿を重ねながら、一つ一つ丹念に、潰していく。
小原宿から始まり、今回、足回りの関係から上野原に辿り着ければまあ良しとする、目安を持ち、途中の節目の一つは吉野宿の五層の建物であった本陣跡であった。明治29年の火事で僅かな土蔵と旅籠「ふじや」が残すだけであったが、ダンプが走り抜ける脇をけなげに生き残っていた。資料館として開放し、畳み部屋に当時の旅籠にそのまま触れられることが大変嬉しかった。
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この古道の脇には巨大な相模湖が遥か眼下に見え、大小様々の山を含め、懐の深い自然の中に居ることで、旅の行く手を慰めてくれる。
途中で同じ道を歩む、ご婦人と後半は上野原宿までご一緒できた。道々お互いに確かめあいながら、歩んだが関野宿の坂道での分岐で、思い切り道を外し、2~3㎞は逆走してしまうなどハプニングもあったが、何とか上野宿に辿り着いた。炎天下遮る物も無く、目一杯汗をかき、足はまさに棒のようであったが、思い切り、足を鍛えた1日であった。