575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

紅のなほあたらしき泪壺  遅足

2021年03月11日 | Weblog

この句に触れた時、泪壺という言葉がどこか神秘的で、作者は深い悲しみの中におられるのだと感じました。

選句された方のコメントです。

能登さん:涙壺がドラマを感じさせ、想像が膨らんでいきます。

等さん:この句のポイントは「泪壺」で、季語も兼ねていると思うですが、歳時記にはありませんでした。でも良い句だと思いますので頂きました。

千香子さん:季語がないので迷いました。でも最後まで気になったので選びました。大きな悲しみを抱えて涙に暮れている様子が伝わってきます。しかも紅涙を絞るような悲しみ、紅がインパクトがありました。

作者の遅足さんに句の背景をうかがってみました。

「人は誰でも涙を流します。心が動いた時には。その程度は人、時によってさまざまです。

 

涙のことを紅涙といいます。私はくれないにあまりこだわるつもりはありません。

 

なほあたらしきというのは、人はいつも新鮮な気持ちで物事に接していれば、感動はいつも新鮮なものであるということです。

 

この句はふつうのことをふつうに表現し、なほあたらしきとしたところがちょっとどうかな?賛否わかれるところです。 遅足」

 

さすが、主宰です。奥の深い言葉です。遅足さんはリハビリを再開されたそうです。ブログは佐保子さんも読んでくださっているとのこと。皆で応援しています。

そして今日はあの東日本大震災から10年です。泪壺が枯れることはありません。麗子

 

 

 

 

 

コメント
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