京都二十四節気 その四 春分
昼夜の長さが ほぼ同じになる日 新暦三月二十日~四月三日(頃)
花見 (春分の自然)
春、爛漫と咲き誇る桜は、今も昔も日本人を花見の遊山へと誘います。花見の宴を最初に行ったのは、平安貴族だといわれます。もともとは中国から伝えられた梅を愛でる宴が開かれていましたが、やがて日本土着の桜に人気が移り、桜の宴を行うようになりました。しかし日本には、それよりずっと以前から花見があったといわれます。農民たちは桜の木の下に酒や食べ物を持ち寄り、花に宿った稲の霊を迎え、花の咲き具合で秋の実りを占っていました。現在の花見は、この貴族と農民の風習がもとになって生まれたとも考えられています。
春彼岸 (春分の暮らし)

春分の日を中日とした前後3日ずつの7日間は、春のお彼岸です。仏教では、悟りの境地・極楽浄土を「彼岸」、迷いや煩悩に満ちたこの世を「此岸」といいます。かつて日本では、西の彼方にご先祖様のおられる極楽浄土があると信じられていました。太陽が真西に沈む春分は、もっとも極楽浄土に近づけるとされ、この日に仏事が行われるようになったといわれます。昔から、春彼岸には「ぼたもち」を、秋彼岸には「おはぎ」を食べる慣わしがあります。これは、春には牡丹が、秋には萩が咲くため、という説があります。
コンセプト
四季のある国、日本。
桜が咲くこと、雨が降ること、紅葉が散ること、そして雪が降ること。
日本人は、その美しい自然の変化を、つい百年前まで、二十四の季節に分け見つめてきました。
私たち日本人が使ってきた旧暦の中では二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵がありました。
それと同時に、永遠にめぐる四季の中で移ろい変わっていくものと、その変化の裏にある不変のものを感じとってきたのです。
新しいものがあふれていく現代社会のなかで古くから日本にある伝統を見つめなおすことそれは、移ろう季節のなかから不変のものをみつけだすことと似ています。
ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさとそれとともにある大切な文化を伝えていきたいと思います。
その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくるこの国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢える誇りとよろこびを共にしていきたいと思います。
昼夜の長さが ほぼ同じになる日 新暦三月二十日~四月三日(頃)
花見 (春分の自然)

春彼岸 (春分の暮らし)

春分の日を中日とした前後3日ずつの7日間は、春のお彼岸です。仏教では、悟りの境地・極楽浄土を「彼岸」、迷いや煩悩に満ちたこの世を「此岸」といいます。かつて日本では、西の彼方にご先祖様のおられる極楽浄土があると信じられていました。太陽が真西に沈む春分は、もっとも極楽浄土に近づけるとされ、この日に仏事が行われるようになったといわれます。昔から、春彼岸には「ぼたもち」を、秋彼岸には「おはぎ」を食べる慣わしがあります。これは、春には牡丹が、秋には萩が咲くため、という説があります。
コンセプト
四季のある国、日本。
桜が咲くこと、雨が降ること、紅葉が散ること、そして雪が降ること。
日本人は、その美しい自然の変化を、つい百年前まで、二十四の季節に分け見つめてきました。
私たち日本人が使ってきた旧暦の中では二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵がありました。
それと同時に、永遠にめぐる四季の中で移ろい変わっていくものと、その変化の裏にある不変のものを感じとってきたのです。
新しいものがあふれていく現代社会のなかで古くから日本にある伝統を見つめなおすことそれは、移ろう季節のなかから不変のものをみつけだすことと似ています。
ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさとそれとともにある大切な文化を伝えていきたいと思います。
その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくるこの国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢える誇りとよろこびを共にしていきたいと思います。