2009年05月25日(月)「阿智胡地亭の非日乗」掲載
小説家の城山三郎は生涯、生真面目な一所懸命の人だった。 昭和初年から10年くらいの間に、この列島で両親から生を受けた日本人の男女は、生まれ年一年刻みで、その個別の人生が違っている。 昭和2年生まれの城山三郎、本名杉浦英一は、真面目な筋金入りの愛国少年という[時代の子]でもあった。 商家の跡取りという立場から、父親の願いを入れて市立名古屋商業学校を卒業し、その後、やはり父親の希望を入れて、徴兵猶予のある愛知県立工専に入学し、 徴兵猶予となったが、日頃から杉本五郎中佐著『大義』などに心酔していた彼は、ある日父親に相談せず猶予を返上した。 そしてお国のために、昭和20年5月に海軍特別幹部練習生として志願入隊した。大竹、郷原の部隊を転々としながら、三ヵ月後広島の原爆の雲を見て終戦を迎える。 根が真面目で融通を効かせることが出来ない、杉浦英一が海軍の教育期間に受けた体験は過酷なものだったらしい。 この伝記は彼の同年兵なども訪ね歩き、聞き書きをしているが同年兵の1人で、広島県の開業医は、その体験を一切語ろうとしない。 彼は奥さんにも語ったことがないという。 職業軍人である内務斑の班長たちの社会的出身階層から見れば、「海軍特別幹部練習生」に応募してくるような旧制中学及びそれ同等以上の教育を受ける事が出来る出身階層に、 彼らは平時のシャバでは一生入ることは出来ない。そしてこの幹部練習生は訓練の後、促成とはいえ尉官に任命される。 古参の班長の中には、これらのことを思い、こいつら許せないと、恨みつらみと狂気を持って幹部練習生に当たるものがいた。 後年の城山三郎こと杉浦英一の班長はそういう古参兵であった。 一般的に海軍の規律を陸軍の上に置いて語る、旧海軍の尉官以上の体験者が多いが、そういう体験は城山三郎にはなかった。 殴られ嬲られ殴られが続く3ヶ月であったらしい。 新藤兼人監督は32歳で海軍2等水兵として徴用された。 その体験を映画にしているが、当時の軍隊の訓練を受けた人間は、その体験を親にも子にも伝えたくないというのがよく判る映画だった。 こちら 彼は復員して、敗戦後の日本の社会の変化と自分のそれまでの18年の存在に折り合いがつけらずに、ほぼ一年間腑抜けのように引きこもっていた。 彼が自分の中で、この時代の「おのれ」と「国家」の関係に決着をつけるのには 14年間の年月が必要だった。 彼は昭和34年に「大義の末」を書いた。 この作品の主題は、私にとって一番触れたくないもの、曖昧なままで過してしまいたいものでありながら、同時に、触れずには居られぬ最も切実な主題であった。 「皇太子とは自分にとって何であるか」―この問いを除外しては、私自身の生の意味を問うことはできない。 世代にこだわる訳ではないが、私の世代の多くの人々もこうした感じを抱かれると思う。 柿見という主人公は、私の机上にこの数年間生きつづけ、この最終稿は一九五八年の春から半年かかって書き上げられた。 完成直後、いわゆる皇太子妃ブームにぶつかり、私は一時、発表意欲を削がれた。 ブームに便乗するようにも、ブームに水をかけるようにもとられたくなかった。 いかなる意味においても、ブームに関係づけられて見られたくはなかった。 私にとっては、もっと大事な、そっとして置きたい主題なのだ。 しかし、この作品は時代に限られながらも、なお時代を越えて生きて行くべき証言であることを思い、また、五月書房秋元氏の熱心なすすめもあって、発表することにした。 |
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この伝記を書いた加藤仁という人はノンフィクション作家で、定年を迎える前後の日本人の生活を取材フィールドにして作品を著している。
これまで雑誌の記事なども何回か読んだことがあるが、対象とする相手と同じ目線で書いているのに好感を持ってきた人だ。
本屋の平棚でこの本を見つけたとき、城山三郎の伝記という事と、作者が加藤仁ということですぐ購入しようと思った。
著者紹介を今回読んではじめて知ったのだが、彼は城山三郎と同じ、名古屋出身の人であった。しかし著者は城山三郎に生前一度も会っていない。
城山が残した膨大なメモ、日記を読みに読み、城山の身内、友人・知人・担当編集者らとのインタビューを重ねて、加藤仁の中であらためて構築・再生された「城山三郎」像。それがこの本である。
読み出してすぐに城山が物を書き出したとき以来、手本の一つとした先輩作家として「庄野潤三」の名前が出てきた。
そして同じ昭和2年生まれで生前付き合いがあった分かり合える作家として「吉村昭」の名前も出てきた。
二人共にもう長く自分が読み続けてきた作家だけに、自分が気が付かないだけで、この3人が書くものには何か共通性があったのかと不思議な気もし、また嬉しかった。
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