阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

    弔辞      「石垣りん 詩集」 から

2020年09月08日 | 音楽・絵画・映画・文芸

「弔詞」

職場新聞に掲載された105名の戦没者名簿に寄せて

 

ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ちあがる。

ああ あなたでしたね。

あなたも死んだのでしたね。

 

活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつのいのち。悲惨にとぢられたひとりの人生。

 

たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、ドブの中で死んでいた、私の仲間。

 

あなたはいま、

どのような眠りを、

眠つているだろうか。

そして私はどのように、さめているというのか?

 

死者の記憶が遠ざかるとき、

同じ速度で、死は私たちに近づく。

戦争が終つて二十年。もうここに並んだ死者たちのことを、覚えている人も職場に少ない。

 

死者は静かに立ちあがる。

さみしい笑顔で

この紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発(た)とうとしている。

 

私は呼びかける。

西脇さん、

水町さん、

みんな、ここへ戻つて下さい。

 

どのようにして戦争にまきこまれ、

どのようにして

死なねばならなかつたか。

語つて

下さい。

 

戦争の記憶が遠ざかるとき、

戦争がまた

私たちに近づく。

そうでなければ良い。

 

八月十五日。

眠っているのは私たち。

苦しみにさめているのは

あなたたち。

行かないでください 皆さん、どうかここに居て下さい。

 

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