阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

詩 「弔詞」               石垣 りん

2025年01月18日 | 音楽・絵画・映画・文芸
 
                         石垣 りん(1920~2004東京生まれ)

――職場新聞に掲載された105名の戦没者名簿に寄せて――

ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ちあがる。

   ああ あなたでしたね。
   あなたも死んだのでしたね。

   活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつのいのち。
   悲惨にとぢられたひとりの人生。

   たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。
   一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、
   ドブの中で死んでいた、私の仲間。

   あなたはいま、
   どのような眠りを、
   眠っているのだろうか。
   そして私はどのように、さめているというのか?

   死者の記憶が遠ざかるとき、
   同じ速度で、死は私たちに近づく。
   戦争が終わって二十年。もうここに並んだ死者たちのことを、
   覚えている人も職場に少ない。

   死者は静かに立ちあがる。
   さみしい笑顔で、
   この紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発とうとしている。

   私は呼びかける。
   西脇さん、
   水町さん、
   みんな、ここへ戻って下さい。
   どのようにして戦争にまきこまれ、
   どのようにして
   死なねばならなかったか。
   語って下さい。

   戦争の記憶が遠ざかるとき、
   戦争がまた
   私たちに近づく。
   そうでなければ良い。

   八月十五日。
   眠っているのは私たち。   
   苦しみにさめているのは
   あなたたち。
   行かないで下さい 皆さん、どうかここに居て下さい。 


――詩集「表札など・1968年・思潮社刊」より――
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